失敗は許されない…映像を通して公正を守る! ばんえい競馬の「パトロール映像」とは
北海道遺産のひとつである“ばん馬”たちのレース『ばんえい競馬』。 “馬の速さ”を競うサラブレッドの競馬は世界各地で行われていますが、 “馬の力強さ”を競うばんえい競馬は、日本の帯広市だけでしか観ることができない、世界でオンリーワンの珍しいレースです。
帯広競馬場でほぼ毎週土・日・月の3日間行われ、ばん馬たちの臨場感あふれるレースを楽しもうと地元の人々と大勢の観光客でにぎわっています。
今回お話を伺ったのは、ばんえい競馬のパトロール映像室に勤務する伊賀敬一さん。競馬開催ならではの特殊な業務を担当される伊賀さんに、お仕事の内容や、ばんえい競馬への思いを語っていただきました。
伊賀敬一(いがけいいち) 1974年、帯広市出身。北海道有線放送株式会社勤務。映像を通して公正なばんえい競馬の開催・運営を担う。
※競馬は『公営競技(こうえいきょうぎ)』と呼ばれ、国や地方自治体が主催しています。賭博行為が禁止されている日本において、競馬開催での収益金を財政に納付するための健全な事業として、唯一法律で認められているものです。ばんえい競馬は帯広市が主催しており、競馬を開催運営するスタッフのみなさんには、常に厳しい法律に従い公正に業務を行うことが求められます。
公営競技の競馬ならではの映像業務とは
伊賀さんはどんなお仕事をされているのでしょうか?
まず、私たち北海道有線放送株式会社は、ばんえい競馬を主催する帯広市から委託を受け、レースの撮影や録画、編集、そしてお客様が見る映像や、ケーブルテレビ、インターネットの配信業務、予想番組のスタジオ運営など、さまざまな映像管理を行っています。
私が担当しているのは主にパトロール映像室での業務です。裁決委員(さいけついいん)*の業務を補助するための撮影や映像編集などの業務を行っています。
*着順の確定、失格または降着の裁決の申立ての裁決、出走馬または騎手に対する保安措置と制裁及び競馬の公正を害すべき行為の取締りに関する事務を行う。
パトロール映像とは何ですか?
裁決委員の業務で使用するための映像です。競馬における裁決委員とは、日本における競馬施行の根幹となる“公正と保安”を確保するための業務を担当しています。主に、馬券(勝馬投票券)の払い戻し内容などを決定させるためのレースの着順の確定、出走馬や騎手の安全対策のための保安措置、そして競馬の公正を害する行為の監視や取り締まりなどです。
パトロール映像は、レースに出走した競走馬と騎手がゴールまで公正に進む事ができたかの確認と、問題となりそうな事象が発生した際には『審議』となり、裁決委員がその状況を映像で詳細に確認し、“公正を害した行為に該当するか”の結論を出すための重要な資料として撮影しています。
※競馬では、レースで5位以内に入った馬が『審議』の対象となった場合、確認のため、レースの着順が確定するまでに時間を要することになり、お客様にその状況がわかるように、着順を示す電光掲示板に『審議』を知らせる表示と案内放送が行われます。また、万が一悪質な内容が起きた際には被害馬と加害馬の着順の入れ替えもあるため、裁決委員がレースの着順を確定した後にはじめて「5位から5着」と決定します。
とても重要な映像なのですね。パトロール映像は何台のカメラで撮影されているのですか?
10台です。有人で撮影するのは4台、スタート地点に3名、お客様にも見ていただいているスタートからゴールまでの映像の1名です。6台は無人カメラとなり、パトロール映像室で操作しています。中央付近に4台、第2障害の通過順を記録する1台、そして万が一霧で他の映像が不明瞭となった際の公正確保対策として、スタートの向こう正面に1台配置しています。
スタート地点では、高いパトロールタワーから出走する全馬を3台3名で分けて、スタートからゴールまでの馬と騎手の動きを細かく撮影しています。
失敗の許されない業務への責任感
パトロール映像室で伊賀さんはどのような業務を担当されているのですか?
レースで審議に該当する事象が発生し裁決委員からパトロールビデオの作成指示があった際に、パトロール映像をより確認しやすく編集し提出しています。また、無人のパトロールカメラの調整や、カメラマンへの指令室を兼ねており、それぞれが撮影した映像のバランスの調整依頼などの指示を出しています。
ばんえい競馬ならではの特徴や撮影の際に注意されている点は?
ばんえい競馬は、サラブレッドの競馬と違い、陸上の短距離走のように決められた枠順のセパレートコースを走らなければいけません。それができているか、そして競走馬たちの一番の力の見せどころである第二障害の大きな坂で、うねりを上げるように登っていく馬達が、斜めに逸れて隣の馬の進路を妨害していないかという点を注意深く撮影する点が大きな特徴だと思います。
また、第二障害の手前までは、騎手は馬がゴールまでしっかり持久力を貯められるように動きを止める事が許されているため、馬によって進むスピードに差がでることもあります。全馬しっかりと撮影できるように細心の注意を払って行うように担当者に指示をしています。
映像技術面の進化で変化があったことは?
現在撮影しているハイビジョン規格は、アナログ時代と画角が変わり広範囲の撮影が可能となったというメリットがある反面、パトロール映像の撮影にとってはそれぞれが担当する馬以外が撮影されてしまうことに注意が必要となりました。撮影担当者には、「以前より馬を大きく撮影する」ことを心がけるように指示しています。
皆さまから愛されるばんえい競馬を守りたい
伊賀さんはどのようないきさつで現在のお仕事に就かれたのでしょうか?
現在は離農していますが、母の実家が十勝清水町御影でサラブレッドの生産農家をしていました。幼い頃の話で記憶にはないのですが、ばん馬の生産も少し行っていたようです。
サラリーマンだった父からは「何か技術を持ちなさい」と教えられました。幼い頃から機械の構造に興味があり、時計を分解して組み立て直したりすることが好きだったことも影響し、現帯広高等技術専門学院に入学しました。その後、1年間学んだ後に現在の北海道有線放送㈱に就職しました。ばんえい競馬だけでなくサラブレッドのホッカイドウ競馬でも映像業務に携わっています。
ばんえい競馬の映像全般を通してこれからの目標などお聞かせください。
公営競技の映像ですから、あくまでも“公正確保の徹底”が大前提の上で、パトロール映像はより一層裁決委員がしっかりと判断できる材料となるものを作っていきたいと考えています。また、お客様に観ていただく映像に関しては、迫力のあるものをお届けできるように、もっと技術の勉強をしていかないといけない。いつも“努力+勉強”が大事だと思っています。
最後に読者へメッセージをお願いします。
ばんえい競馬はサラブレッドの競馬と違い、大きなばん馬たちの力勝負のレースを間近で観ることができる、とても迫力のあるレースです。さらには、ばん馬たちの進みとともにお客様が横に並んで移動しながら応援できるのはばんえい競馬だけなので、ぜひそれを楽しんでもらえたらと思います。
ばんえい競馬に携わって30年、以前と比べて若い人や女性、家族連れ、そして道外からの観光客など、さまざまな層のお客様が帯広競馬場にご来場くださるようになり「競馬場が明るくなったな」と感じます。皆さまが興味をもってくださり応援していただけることは大変嬉しく、ばんえい競馬に関わる全ての人々にとって「より一層頑張っていこう」と励みになることだと思います。
これからもぜひ帯広競馬場にばんえい競馬を観に来てください。
ーーー競馬ファンにはおなじみのGⅠレース『安田記念』の由来となった安田伊左衛門氏が、明治時代、さまざまな問題から一度は禁止となった馬券発売を、自ら衆議院議員となり十数年かけて競馬の施行を法律化し復活させてから101年。現代も日本競馬に携わる多くの関係者が、馬券を購入する人々が安心して楽しめるように、厳しい法律に従って運営しているという事が伝わるインタビューとなりました。
文/Kawahara
連載「ばんえい競馬ではたらく人」では、ばんえい競馬を支える仕事に就くさまざまな人の魅力に迫ります。お仕事と記事の一覧はこちらから。
Sponsored by ばんえい十勝