「人生で最も勉強した」注目の若手装蹄師がつなぐ“ばんえい競馬の未来”は
十勝地方の観光スポットとして人気の“ばんえい競馬”。帯広競馬場で一部期間を除きほぼ毎週土・日・月の3日間行われ、ばん馬たちの臨場感あふれるレースを楽しもうと、地元の人々と大勢の観光客でにぎわっています。
砂塵を立てながら曳き進む、ばん馬たちの強靭な馬体、圧倒的な存在感、そして共に生活をする人間たちとの信頼関係の深さ。明治の開拓時代の面影を残す北海道遺産として、今もなお文化が継承されています。
今回お話を伺ったのは、ばんえい競馬装蹄師の境野佑哉さん。ばん馬たちの蹄(ひづめ)に装着する蹄鉄(ていてつ)を作る職人さんです。境野さんに装蹄師としてのやりがいや、ばんえい競馬の将来への思いを語っていただきました。
境野佑哉(さかいのゆうき)1997年、帯広市出身。自衛隊勤務などを経て、ばんえい競馬金田勇厩舎にて厩務員を経験後、現在は装蹄師としてばんえい競馬に携わっている。
特技は少年時代より続けているアイスホッケー。
*装蹄師とは:馬の蹄を保護するために蹄鉄を装着する技術を持った職人のこと。
“蹄は第二の心臓”という言葉があるほど、四本脚で大きな胴体を支える馬の蹄にはさまざまな機能があり、脚や蹄のけがは命に関わる大きな病気となり得るため、確かな技術力と経験で馬たちのけがを未然に防いでいる。
“人生を切り拓いてくれた盟友”金田利貴騎手との出会い
ばんえい競馬との出会いを教えてください。
はじめてばん馬を見たのは小学生の頃、地元である帯広市の少年野球団で一緒に活動していた同級生の金田利貴騎手(金田勇厩舎所属)に誘われて、はじめて帯広競馬場のばん馬たちがいる厩舎エリアに入ったときです。
第一印象は「めちゃくちゃでかい!」でしたね(笑)。ただ、当時は競馬場内の空き地で野球やサッカーをするほうが楽しくて、将来ばんえい競馬の仕事に就くことは想像もしていませんでした。
どのようにしてばんえい競馬で働くことになったのですか?
高校卒業後に4年間勤めた自衛隊を退職し、この先の人生を考えていたときに、金田騎手より「ばんえい競馬の仕事をしてみないか」と声をかけてもらったことがきっかけです。その後、金田騎手の父である金田勇調教師の厩舎で厩務員として、2年間働きました。
金田調教師には、一からわかりやすく教えていただき、馬と関わることが本当に楽しい日々でした。金田騎手がはじめて重賞を優勝したゴールドハンターの引き付けに同行させてもらい、優勝する瞬間を目の前で見ることができたことや、初めての調教でばんえい記念などの重賞前線で大活躍のアオノブラックの運動に携わらせてもらったことなど、短い期間でしたが新人の厩務員では考えられないほどの貴重な経験を積むことができました。
運命的な出会いとなりましたね。その後、なぜ装蹄師を志すことになったのでしょうか。
厩務員時代に、自分の担当している馬の蹄鉄の打ち替えを、現在私が装蹄師としてお世話になっている小松美智也装蹄師にお願いし、その仕事ぶりを見て興味をもったことがきっかけでした。
小松装蹄師は、ばん馬のどんどん変化する感情や体の動きに合わせ、スムーズに装蹄の作業をこなしていきます。気難しい性格のばん馬にストレスを感じさせずに装蹄し、すんなりと受け入れている姿を見ると、本当の意味で馬を大切にされているのだと気づかされます。実際に同じようにするのはとても難しいことですが、「自分も装蹄師として挑戦したい!」と思うようになりました。
夢に向かって“人生で最も勉強した”充実の日々の先に
装蹄師になるためにどのような勉強をされたのでしょうか。
装蹄師の資格を取得するべく、栃木県宇都宮市にある公益社団法人日本装削蹄協会の装蹄教育センターで『装蹄師認定講習会』を受講しました。
この講習会は約1年間の全寮制で募集定員が16人と少ないこともあり、まずは選考試験に合格するための勉強からはじめました。無事に合格し入学してからは、馬体や骨格などの基礎学から、講習用の馬の馬房清掃やお世話、そして授業全体の約7割に及ぶ装蹄師の技術習得まで、馬に関する知識や経験を幅広く習得します。
毎日新しい学びの連続で、今までの人生で一番勉強をしたなと思います。無事2級認定装蹄師に合格し、2024年の2月に卒業しました。
装蹄師の講習会を受けられた中で印象的だった出来事は?
装蹄師の根幹である『造鉄(ぞうてつ)』という作業がとても難しかったです。
私たちの仕事は“熱い鉄をカンカンと叩きながら整形していく鍛冶職人”をイメージしていただくとわかりやすいかと思いますが、造鉄は1本の鉄をそれぞれの馬の蹄の形に合わせてU字型の蹄鉄を成型する作業です。蹄の形に成形したものに溝を作り、蹄鉄を装着する際に使用する釘を打つための穴をあけるという工程を、長い時間をかけて習得していきました。ちなみに、出来あがった蹄鉄は蹄の神経の無い箇所に釘で打ち付けて固定しています。
卒業されて現在はばんえい競馬でどのような働き方をされていますか?
小松装蹄師の装蹄所で指導していただきながら1日だいたい3頭くらいの装蹄をしています。1頭にかかる時間は装蹄師により違いますが、私はだいたい1時間~1時間半前後です。
ばんえい競馬の開催日は、レース前に蹄鉄が外れてしまった馬に付け直す作業をしています。しっかりと装着していても特に夏場は蹄がやわらかくなり外れてしまう事もあります。レースの発走時刻が迫ってくる中、競走馬たちも気持ちが入ってテンションが高いこともあるので、細心の注意を払って行う緊張感のある作業です。
装蹄師の仕事で嬉しかったことは何でしょうか?
自分が装蹄した馬が1着を獲ったときは嬉しいです。また、金田勇調教師のご厚意で厩務員時代に担当していた重賞馬のゴールドハンターを装蹄させていただいたときは本当に嬉しかったです。
休日はどのように過ごしていますか?
休日は週に一日です。仕事柄、腰に負担がかかるので、ケアに充てていることが多いですが、たまに趣味のアイスホッケーで汗を流すこともありますよ。
ばんえい競馬が末永く続いていくために必要な“若い力”
これからどんな装蹄師になっていきたいですか?
ばん馬たちの蹄の形は1頭1頭違う形をしていて、2歳の若駒からベテランの馬までさまざまです。日々の健康を維持するべく、獣医師としっかり協力し、ばん馬を管理する調教師の皆さんにも信頼してもらえるように、日々の経験をしっかりと積んでいきたいと思っています。
また、私がばんえい競馬の世界に入り「装蹄師になりたい」という夢を見つける事ができ、一生の仕事を手に入れる事ができたのは、金田利貴騎手と金田勇調教師のおかげです。この世界の扉を開いてくれた二人には心から感謝しています。
現在、自分の装蹄所を作ってもらっているところで、12月には完成予定です。同級生の金田騎手とは違う道に進むことになりましたが、自分も負けないようにがんばろうというのが一番の思いです。
装蹄師に興味のある方へメッセージをお願いします。
装蹄師は特殊な仕事ですので、装蹄師の学校に入る前に実践を積むのは難しいかもしれませんが、できるだけ乗馬クラブや牧場などで馬に接する経験をし、「本当の意味で馬に興味があるか、馬のために尽くしていけるか」ということを、しっかりと考えてほしいと思います。
馬に携わる仕事は良いことも悪いこともたくさんあります。しかし、他の職種では考えられないほど、何にも代えがたい喜びがあるのもこの世界の醍醐味だと思います。
また、ばんえい競馬の装蹄師の世界も高齢化は進んでおり、現在若い装蹄師が不足しています。兄弟子の小林友貴装蹄師と日々話していますが、ばんえい競馬を守るために、若い人にどんどん挑戦してほしいと思っているので興味のある方はぜひ一緒に技術を磨いていきましょう。
最後に、読者の皆さんへメッセージをお願いします。
世界でも帯広市だけでしか見られないばんえい競馬を、まずはYouTubeでも視聴することができるので、ぜひ見てほしいです。
装蹄師の学校の研修で北海道に訪れた際、ばんえい競馬の視察もありましたが、初めて見た同期の講習生たちが、ばん馬の迫力と臨場感に「これはおもしろい!」と言っていましたよ。ぜひ帯広競馬場に遊びに来てください!
ーーーお話をお聞きして感じたのは、「夢に向かって実直に努力を惜しまない境野装蹄師のその姿勢が、周りの人々の心を動かし、たくさんの協力を得られ今につながっている」ということでした。これからのばんえい競馬にとってとても頼もしい存在となっていく姿が目に浮かびます。境野装蹄師のますますの活躍を願っています!
文/Kawahara
連載「ばんえい競馬ではたらく人」では、ばんえい競馬を支える仕事に就くさまざまな人の魅力に迫ります。お仕事と記事の一覧はこちらから。
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