担当馬とのショット

父は元名ジョッキー・祖父は元調教師…騎手を目指す若手厩務員の「これまでとこれから」

北海道帯広市にある『帯広競馬場』で開催される『ばんえい競馬』。一般的なスピードを競う競馬とは違って、体重が1トンほどの巨大な“ばん馬”たちがゴールを目指して重いそりを曳く“世界で唯一の競馬”です。

今回インタビューをしたのは、父は元名ジョッキー、祖父は数多くの名馬を輩出した元調教師というパワフルなご家族を持つ、尾ケ瀬雄士さん。

さまざまな職種を経験のうえ、今現在、29歳から騎手を目指している尾ケ瀬さんに、“これまでとこれから”について伺いました。

尾ケ瀬雄士(おがせゆうし)。1994年北海道札幌市生まれ。
父はばんえい競馬通算2000勝以上を挙げた名ジョッキー『尾ケ瀬馨騎手』、祖父は『キンタロー号』など数多くの名馬を輩出した『尾ケ瀬富雄調教師』という家族構成。20代中盤まで複数の職種を経験、現在は騎手を目指して久田守厩舎にて厩務員(きゅうむいん)の仕事にあたっている。

多様な経歴から厩務員として働き始めるまで

まず最初に自己紹介をお願いします。

僕は今まで複数の職種を経験しています。まず高校を卒業後、調理の専門学校に進んで飲食の仕事に就きました。ホテルビュッフェの肉料理を担当したり、イタリアンで働いたりしていました。当時は何でも作れましたが、今は調理器具も揃っていないので以前ほどは料理ができないですね。

あとはダンスの講師もしていました。基本的に僕が教えてたのは、ジャズヒップホップやフリースタイルなどです。自分で活動していた時期もあり、その流れで講師も1年ほど担当していました。

尾ケ瀬さん

過去のお仕事の様子
画像:ばんえい十勝

多様なご経歴をお持ちですね! その流れからなぜ、「厩務員」の道を選んだのでしょうか。

元々、「自分でいつかお店を持ってみたい」や「起業したいな」という小さな夢があったのですが、なかなか難しい部分もあり。改めてこれから先どうしようかなと考えたときに、自分の中でやってみたいこととして道がもう1つあったんです。

それが“騎手になること”でした。一方で、生まれてから馬と近い生活を送ってきたものの、仕事となるとまだなにもわからない状態でした。そのため「自分には無理かな」と思ったのですが、まだ騎手になれる年齢ということもあり、父と話したうえでこの道を選びました。

お父様に相談して、選択を後押しするような何か決定的な言葉があったのでしょうか。

それは特には無いです。小さい頃は騎手になりたかったのですが、成長するにつれ、騎手になりたいという想いは全くなくなったんです。というのも、2006年頃にばんえい競馬は存続が危ぶまれた時期があり、その時に父からもこの仕事を勧められなかったんです。

ただ父が騎手だったので、小学生くらいのときはずっと騎手に対する憧れがありました。父が出るレースをテレビの画面で観ながら、僕もズボンの紐を引っこ抜いて、紐を手綱のようにして真似をしていました。その当時と同じ気持ちがまだ自分の中で残っていたので、20代後半のタイミングで将来について悩んだ際にやってみたいなと思いました。

父には「お前には無理だ」と言われましたね。無理だと言われたからこそ、「やるしかない」と覚悟ができました。

父、尾ケ瀬馨さんとのショット
画像:ばんえい十勝

それからすぐ厩舎に入ったのでしょうか?

父に相談したのが2023年の2月頃。そこで即決して仕事もすぐに辞めて2023年の4月から久田守厩舎に来ました。父も自分が決意をしたタイミングから応援をしてくれていました。

お父様のデビューも確か、20代後半でしたよね。当時の話を聞いたことはありますか?

父がデビューしたのは27歳くらいの頃だったと思います。しかし、その話は聞いたことないですね。そんなに父は話すタイプではないので。聞いたら話してくれるとは思うのですが。

そうなのですね。お祖父様もお父様も騎手であったことを踏まえて、10代のころはどのように感じていたのでしょうか。

僕自身、競馬の世界に入る気が無かったですし、特別な感情はありませんでした。ただし、特殊な仕事なので、周りや友人からも「すごい」と言われることも多く、そういった機会を通じて僕自身も憧れはありましたし、父や祖父を誇りに思っていました。

「自分に負けたくない」という自分との闘い

ご家族が同じ業界となると、やはりプレッシャーもあったのではないでしょうか。

プレッシャーは全くないですね。周りからは代々受け継がれているし、「“血統”がいいから」なんて冗談を言われたりするのですが、小さい頃からただ馬が近くにいたというだけで、普通の人と何も変わらないんです。そのため、何も出来ない状態から始めています。

しかし、今までも挑戦する道ばかり選んでいるので、「自分ならできる」と信じています。もちろん、「騎手にもなれる」と思ってやってきたので、プレッシャーも特にはありません。

僕は、自分の心の中の弱い自分に負けないようにしています。

何事も“自分との闘い”だと思っているので、常に自分と戦っているという感じですね。基本的に人と比べることをしないようにしています。

さまざまな挑戦を続けてきたからこそのお考えなのですね。では、この仕事をしていて「楽しい」や「難しいな」と感じるエピソードを教えてください。

楽しいと思うのは、自分の担当馬といるときです。だんだん馬も懐いてくれるので、毎日が楽しいです。あとはレースに出る際の担当馬の装飾を考えたり購入したりするのもワクワクしますね。

また、担当馬が勝ったときはとてもうれしいです。うれしすぎて眠れないときもあります。それくらい色々なことを考えながら日々を積み重ねています。

難しい点とは少し違いますが、心がけていることとしては調教に関しては正解がないので、その馬の苦手な部分などを考えながら日々運動(調教)しています。ただ、やはり結果が全てなので、結果を出せるよう日々を励んでいます。

担当している馬へはどのように目を向けているのですか?

障害が苦手、持久力がある、スタートが苦手、など馬それぞれに個性がありますが、僕は馬の口に咥えさせる馬具『ハミ』にも気を付けています。ハミの種類や締め具合など、調整には密かにこだわっています。

あとは運動ですね。馬の体調やコンディションを重視して毎回変えながらやっています。

騎手への想いとばんえい競馬の魅力

どのような騎手を目指していますか?

2006年頃のばんえい競馬存続の危機から今日まで『ばんえい競馬』を繋げてくれた方々の努力があったからこそ今があると思うんです。そのため、この先の自分もばんえい競馬を繋げてさらに盛り上げていけるような騎手になって、貢献できたらいいなと思っています。

素敵な目標ですね。尾ケ瀬さんにとっての、ばんえい競馬の魅力とは?

普通の競馬とは全く違うんです。馬の見た目も違うし、馬を装飾してレースに出ることができる点も、他の競馬にはないのでばんえい競馬ならではだと思っています。あとは、観客が馬と一緒に併走して応援することができる点も魅力ですね。

観客として装飾を見るのも楽しいです! 迫力もありますよね。

友人にも「ばんえい競馬は普通の競馬と違ってインパクトがある!」と、よく言われます! 馬を間近で見る迫力は、画面越しだと伝わりきらないので、現地に来ていろんな方に見てほしいですね。

厩舎での過ごし方

続いて、厩舎での一日の過ごし方を教えてください。

大体、4時頃に仕事を始めて、10時くらいまでは馬の運動や餌やりが続きますね。昼寝後、15時くらいにまた餌をあげて、一旦業務を離れます。その後夕飯を食べて、20時頃に馬に餌をあげて、テレビを見るなどして22時頃には眠りにつきます。

レースがない日は競馬場の外に出ることもあります。趣味のゴルフの打ちっぱなしに行ったり、週一くらいでジムに行って体づくりをしたりしています。

朝も早く、ハードな毎日ですね。

生活リズムを変えるのに2か月くらいかかりましたが、馬が好きなのでこの生活に慣れたらそんなにきつくはないんです。僕は今までいろんな仕事をしてきましたが、今のスタイルがしっくりきていて、楽しいなと思っています。

「楽しい」は仕事をするうえでとても大事なことですよね。もし厩舎の仲間との面白いエピソードがあれば教えてください。

面白いエピソードですか。悩みますが、1つはとにかくよく食べるメンバーがいるのは面白いですね。あとは、懐いている野良猫と厩舎のメンバーで遊んでみたり。年齢もさまざまなメンバーがそろっていますね。

厩舎の仲間

同厩舎の赤塚騎手とのショット
画像:ばんえい十勝

応援してくれている方々のためにも「必ず騎手になりたい」

今後の目標を教えてください。

目標は騎手になることですね。調教師を含めたくさんの方がサポートしてくださってますし、いろんな仕事を経験してきたので、帯広以外にも応援してくれている方々がたくさんいるんです。その人たちのためにも頑張りたいです。

尾ケ瀬さんと同じように20代後半になるとよりキャリアで悩む方も多いと思います。

僕は1年前に何も出来ない状態で入ったけれど、実際にやってみれば案外できることも多いんですよね。“楽しい”や“好き”の気持ちがあれば、困難なことにもチャレンジしていけるなと。

新しいチャレンジを始める方々には、「案外できるよ」ということや、「やったことがなくても、興味があれば大丈夫だよ」と伝えたいです。興味が湧いたら、とりあえずいろいろなことをやってみれば、いずれ“ピッタリはまるもの”があると思います。

ありがとうございました! 最後に、読者へのメッセージをお願いします。

たいそうなことは言えないのですが、ばんえい競馬の来場者や認知度は少しずつ増えてきていますが、実際、まだまだ若年層の来場者は少ないです。

今はネットで馬券を買うこともできるけれど、ばんえい競馬は馬への装飾がとてもかわいらしいし、迫力もあるので、ぜひ帯広の競馬場に来てばんえい競馬を見てくれたら嬉しいです。

ーーー柔らかな雰囲気と自分への厳しさを併せ持つ尾ケ瀬さん。インタビューの合間でも「自分に負けたくない」という自分との闘いや強い意志が感じられるシーンが多々ありました。一方で、“新たなチャレンジをする”という観点で共感する方も多いはず。興味があることに果敢にチャレンジしていくその姿は、今も、そしてこれからもきっと多くの方を魅了するはずです。そんな尾ケ瀬さんのこれからに、目が離せません。

連載「ばんえい競馬ではたらく人」では、ばんえい競馬を支える仕事に就くさまざまな人の魅力に迫ります。お仕事と記事の一覧はこちらから。

文/北海道Likers編集部

【画像】北海道Likers

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