中村太陽騎手 100勝記念

馬と育って22年。デビュー2年で通算100勝を達成した期待の新星ジョッキー、中村太陽騎手

北海道帯広市にある『帯広競馬場』で開催される『ばんえい競馬』は世界で唯一、体重が1トンほどの巨大な“ばん馬”たちがゴールを目指して重いソリを引くレースです。

レースで“ばん馬”の後ろのソリに立ち、手綱で競走馬を操るのが騎手。ばんえい競馬の騎手の仕事はサラブレッドの競馬以上に経験が強みとなるそうで、多くのベテランの騎手がレースを席巻しています。

そんな中、2022年12月にデビューし今年の4月には通算100勝を達成した期待の新星ジョッキーが中村太陽騎手です。今回は注目が集まる中グングンと才能を見せてきた中村騎手にお話を伺いました。

中村太陽(なかむらたいよう)。2002年北海道森町生まれ。2022年にばんえい競馬の騎手免許を取得し12月10日にデビュー戦。その翌日には初勝利を獲るなどして好成績を重ね、2024年4月23日に通算100勝を達成。次世代のトップジョッキーとして期待されている。

「生まれたときから馬と一緒だった」

中村騎手

中村太陽騎手
画像:北海道Likers

まずはじめに、騎手になられた経緯を教えてください。

祖父が馬主で、実家では馬の生産から育成まで全てやっていました。家に馬がいる環境で育ったため、その影響ですね。

馬と一緒に成長していったのは羨ましいですね。いつ頃から馬に乗るようになったのでしょうか。

小学校低学年ぐらいからですね。

北海道には各地方で行われている『草輓馬大会』があります。祖父も参加していたこともあり、毎回足を運んでいたので、“草輓馬”をかっこいいなと思っていました。実際に小学校4年生ぐらいから実家の馬に乗って大会に出場していました。

騎手のやり方は近所で馬に乗っている人がいたので、その人に教わりましたね。

すごいですね! 仕事としてばんえい競馬の騎手を選んだきっかけは何でしょうか。

自分の家で生まれた馬が競馬場で走っていたのを見て、自分もいつかテレビに映ることができるような騎手になりたいなと思っていました。

家族の反応はどうでしたか。

誰も反対はしなかったですね。僕がこうやって馬をやらなかったら祖父も「もう自分の代で馬の関わりが終わってしまう」と思っていたそうなので、むしろ喜んでいました。

高校を卒業して帯広競馬場の厩務員に

ばんえい競馬の魅力を話す中村騎手

画像:北海道Likers

高校を卒業後、騎手になることを目標に競馬場の世界に入りました。その後、勉強をしながら厩務員の仕事を経て、念願叶って騎手の試験に合格しました。

競馬の騎手試験は難関ですよね。

難しいですよ。しかし合格して嬉しいという感情よりも、騎手になることは自分にとって『目標』だったので、びっくりというか、事実を受け止められないというのが本音でした。

デビューから1年4か月で通算100勝を達成

中村太陽騎手 100勝記念

画像:ばんえい十勝

通算100勝を達成した瞬間はどのような気持ちでしたか。

そうですね、そこはあまり気にはしていなかったというか、あくまでも通過点として捉えていました。そのため、「やったぞ!」というよりも、ほっとしたという感じです。

そうだったのですね。では通算100勝が目前に迫ったとき、どのような気持ちで臨まれたのでしょうか。

それも普段と変わらないですね。“100勝”というのはあまり気にしないで、その馬にあったレースをすることに意識を注いでいました。そのため、特に数字という目標は持っていません。同時に思うのは、やはり1戦1戦の内容が本当に異なるな、と。だからこそ馬と喧嘩をすることなく上手くレース運びをして、そのうえで結果が出ることがベストだと思っています。

中村騎手は若手の新人として期待されていますが、100勝達成して学んだことなどを教えてください。

ベテランの騎手の方々は流れというか、ペース配分が僕のような新人とは話にならないくらい上手いんです。たとえ勝ったとしても「全てが良かった」とは思わずに、ここは良かったけれど、別の部分は良くなかったな、とか。そんなふうにレースを振り返っています。

レースに臨むにあたって、普段から意識されていることなどはありますか。

やっぱり馬とのペース配分について意識していますね。どの地点で馬の呼吸を整えて、どこで仕掛けて……。などを考えています。隣の馬に気を取られないように、『どのようにして自分の馬にとってベストなレースをするのか』ということが重要かなと思っています。

レースが毎週3日間の開催ですが、休みの曜日は決まっているのですか。

一応、休みは水曜日です。

それ以外の日は騎手の仕事として、主に馬の調教をしています。馬の調教に関しては、ほぼ毎日行っています。

水曜日に馬の調教はないのですが、馬を馬房から出して掃除をしますし、もちろん給餌もあります。騎手も厩務員とほとんど同じです。あんまり休みらしい休みはないですね。

中村騎手 

画像:ばんえい十勝

あとは時間が空いたタイミングで、これからレースで乗る馬がどんな馬なのかを把握するため、練習走路で実際に扱ってみて性格や得意不得意などを見たりしています。

騎手だけが知っている“レースの大事なポイント”

多くの観戦客が知らない、騎手だけが知っているようなレースの大事なポイントを教えてください。初めて観戦した方がまず驚くところは、レースの途中で馬が止まることですよね。止まることにはどんな意味があるのでしょうか。

周りから見たら「どうして止まるんだ?」と疑問かと思うのですが、実はあえて馬のスタミナを考えて“騎手が馬を止めている”んです。

直線200メートル距離で馬が曳くソリには重い重量を積んでいますし、本当は馬を止めないでゴールまで進めたいんですよ。

中村騎手 レース中

画像:ばんえい十勝

ただ、馬を止めないまま走らせてしまうと第2障害という大きな山で馬が疲弊し、止まってしまいます。

そうならないように、途中で呼吸を整えることで馬を上手く山に登らせたら、下ってからも良い脚を見せることができるというか。ゴールまでスムーズに進めることができるんです。

馬を途中で止めないまま進んだら、どうなってしまうのでしょうか。

途中で休ませないと第2障害で馬の力が足りなくなりますね。山を越えたとしても下ってからゴールまでの力がもう残っておらず、止まって動けなくなってしまうというパターンが多いですね。

手綱で追ったとしても馬が進むとは限らないですし。かといって“はみざわり”だけでも難しいので。

中村騎手 レース内の障害を越える様子

画像:ばんえい十勝

初めて聞きましたが、“はみざわり”とはどういう意味ですか。

馬が口に咥えている馬具を『はみ』と言い、これが『手綱』に繋がれています。レースだと馬をストップさせるのも『手綱』で『はみ』に指示を伝えることが頼りです。

山を越えるとき、馬が引くソリには重い荷物が積んでいるので、前のめりになったらソリを引けなくなって馬がつまずいてしまう。そのため、馬が頑張って山を越えようとしているタイミングで『はみ』を引いて馬の姿勢を手助けしてあげると良いです。

ただし、逆に引く力が強すぎると止まってしまうし、緩いと馬の姿勢が膝を折ってしまうこともあります。そういったいろんなアクシデントがあるので“はみざわり”が重要ですね。

中村騎手 レース中 はみざり参考

画像:ばんえい十勝

あとは馬の耳ですね。騎手が声をかけたら耳をこちらに傾けることもあります。馬が騎手からの指示を待っている状態なのか、レースに集中できていないのかを見極めるのは全て馬の耳です。そのタイミングがずれてしまうと馬が止まってしまう可能性もあるし、結構見極めるのが難しいです。なかなかうまくいかないですけどね、本当に。

それに、馬は一頭一頭の性格が全然異なるんです。厩舎に居るときは大人しいとか、気の強いとかの違いですが、レースとなるとスタートが早い馬や遅い馬、山越えが得意な馬、ちょっと山は苦手だけど越えてからすごく速い馬など。それぞれに個性があるからこそ難しいですね。

馬の性格がそれぞれ異なるとのことですが、馬は騎手を選り好みしますか。

あると思います。それがやっぱり“はみざわり”だと思いますよ。馬は分かっていると思います。賢いですよ。

ばんえい競馬がもっと賑やかに、長く続けばいい

ばんえい競馬 楽しむ観客

画像:ばんえい十勝

中村騎手が思う、ばんえい競馬の魅力と今後どうなってほしいかなどを教えてください。

北海道の帯広のみでしか今は開催されていない競馬なのですごく大切にしていきたいですし、もっと賑やかになっていけばいいなと思います。

若いファンの方も増えてきて、ばんえい競馬が長く続けばいいなと思っています。実際に、テレビで見るのと帯広競馬場で見るのでは全然違っていますよね。馬との距離が近い世界が『帯広競馬場』です。

ありがとうございました。今後の目標と意気込みについて教えてください。

応援してくれる方がいるからこそ、期待に応えたい気持ちが強くなり失敗してしまったり、僕の気持ちが先に焦ってしまって馬と息が合わないときも多かったりするのですが、少しずつ落ち着いて競馬ができるようになって、その上で結果がついてくるのが一番良いなと思います。

ベテランの騎手に少しでも追いつきたい気持ちもやっぱりあるので、一戦一戦を自分の勉強というか、技術向上につなげる思いで今後もレースに乗っていきます。

中村騎手 馬と歩くカット

画像:ばんえい十勝

ーーー本当に馬が好きで、ばんえい競馬が好きで、とても真面目な性格な中村太陽騎手。インタビューの際、競馬場の関係者から「太陽!」と声をかけられて周囲から応援されていたり、愛されていたりする様子が垣間見えたことが印象的でした。筆者もレース観戦の際は「太陽!」と応援してみます。

文/ながたたけし

連載「ばんえい競馬ではたらく人」では、ばんえい競馬を支える仕事に就くさまざまな人の魅力に迫ります。お仕事と記事の一覧はこちらから。

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