仔馬に話しかける直美さん

「我が子で、家族」数々の名馬を輩出した”生産者親子の想い”とは

2024.08.29

北海道帯広市にある『帯広競馬場』で開催される『ばんえい競馬』は世界で唯一、体重が1トンほどの巨大な“ばん馬”たちがゴールを目指して重いソリを引くレースです。

2024年8月11日(日)には生産者の祭典、『ばんえいグランプリ』が開催され、ファン投票は計23,957票も集まり、注目を集めたレースになりました。

今回は、2024年7月14日(日)に行われた『旭川記念』を制したクリスタルコルド、現在オープン馬として走っているツガルノヒロイモノや、パドックで見せる可愛い姿が人気のチャチャクイーンなどの生産者である守屋弘子さん、娘の守屋直美さんにお話を伺いました。

守屋牧場(北海道弟子屈町)
北海道弟子屈町にあるばん馬の生産を行っている牧場。クリスタルコルドやツガルノヒロイモノ、チャチャクイーンなどのばん馬を輩出。

守屋弘子(もりや ひろこ)。北海道弟子屈町生まれ。
昭和42年(1967年)より、パートナーの故 守屋博さんとともに観光牧場を40年ほど営んでいたが、昭和50年代後半(1980年頃)から“ばん馬”の生産を開始。

守屋直美(もりや なおみ)。北海道弟子屈町生まれ。
高校卒業後、北見市に28年居住。2012年に牧場を継ぐため守屋牧場に戻り、現在は牧場内にいる数々のばん馬の厩務作業を担当。

馬とともに暮らし、生きてきた

スピードフジと弘子さんと直美さん

スピードフジと弘子さんと直美さん
画像:北海道Likers

ご出身や、経歴などを教えてください。

弘子さん:私は弟子屈町で生まれ育ち、夫(故 博さん)と結婚しました。そして酪農業とともに観光牧場を家族で40年ほど営んでいましたが、昭和50年代後半(1980年頃)からは“ばん馬”の生産を主体とするようになり、今は娘と2人で繁殖牝馬(メス)を12馬、種馬として15歳になった牡(オス)のスピードフジを育てています。

直美さん:出身はここ、弟子屈町です。父と母が牧場を営んでいたので、私は生まれたときから馬が近くにいる環境で育っています。私が幼少期のころの話ですが、当時家族で営んでいた観光牧場の馬が人間に馴れるよう、馬と触れ合っていました。そのころから、父の教育はスパルタでしたね。

高校卒業後、北見市に28年住んでいたのですが、牧場を継ぐため12年前に守屋牧場に戻ってきました。

(さわだまゆさんの素敵なイラストが描かれた)守屋牧場の看板とそり

(さわだまゆさんの素敵なイラストが描かれた)守屋牧場の看板とそり
画像:北海道Likers

弘子さん:夫は2021年2月に亡くなったのですが、その年の春にクリスタルコルド、ツガルノヒロイモノ、チャチャクイーンがデビューしました。なので、夫は今の3頭の活躍を知らないんです。「育てた馬がばん馬としてレースを走ること」が長年の夢だったので、その姿を目の前で見ることができず、きっと今も心残りに思っていると思います。

溢れ出る生産馬の魅力

続いて、守屋牧場の生産馬の魅力を教えてください。

直美さん:スピードフジの産駒(ある父馬または母馬から生まれた馬のこと)は能力検査にすべて合格して、レースを走っています。

クリスタルコルド

クリスタルコルド
画像:ばんえい十勝

どの馬にも愛着はありますが、特にクリスタルコルドは細い目をして頑張って走っています。体のつくりが母親そっくりで大きい馬です。生まれたときは普通のサイズでしたが脚や心臓や肺が入る器、人間でいう肋骨や胸のあたりが大きく丈夫な馬です。

性格はわがままで気まぐれ。好きな人には絶対服従で、それ以外は警戒する、まるで犬のような性格です。小さいころからあまり人に頼ったりべったりと甘えたりする馬ではありませんでしたね。

特にクリスタルコルドに好かれた人はいましたか?

直美さん:西謙一(にし けんいち)騎手ですね! とにかく大好き。レースを見ていて感じましたが、きっと一心同体だと思います。

もちろん、クリスタルコルドは仕事としてほかの騎手を乗せることもありますが、内心では心を許していないのではないかと思います。

クリスタルコルド

クリスタルコルド
画像:ばんえい十勝

他の馬はどのような性格でしたか?

直美さん:先日2024年8月18日(日)開催の『13回朱雀賞(準重賞)』の5歳オープン別定で勝利を飾ったツガルノヒロイモノは、今も昔もとってもやんちゃな性格です。

過去の話ですが、私もそばに寄ったらすぐ蹴られたりしましたね。ツガルノヒロイモノの母馬は若いとき、キカナイ(性格が荒い)性格でした。本当にそっくりです。

ツガルノヒロイモノ

ツガルノヒロイモノ
画像:ばんえい十勝

あんなに可愛い顔をしているのに、「自分の前に他の馬がいるのが嫌い」な実はすごく負けず嫌いな馬なんです。負けるときは思い切り負けますが、馬としてもおそらく悔しいと思っているのではないかと思います。

ツガルノヒロイモノ

ツガルノヒロイモノ
画像:ばんえい十勝

直美さん:チャチャクイーンは母馬も穏やかな性格で、見た目のとおりのんびりとした性格です。どの馬もみんな、母馬譲りの性格をしているなと思います。

父馬のスピードフジに似ている馬は、ハゴロモファルコンですね。スピードフジはハゴロモファルコンと違ってひげはありませんでしたが、見た目は笑えるほど父馬にそっくりです。気質はやんちゃな性格ですが、「性格、体つき、レースぶりなど総合的に見てそっくりだ」と調教師も言っていました。

あとは、体つきの心臓と肺が入る部位のサイズが大きく、「父馬のスピードフジのように丈夫だ」ともいわれたことがあります。

ハゴロモファルコン

ハゴロモファルコン
画像:ばんえい十勝

馬は家族。馬の生産にあたってのこだわり

強い馬を生産するにあたってのこだわりはありますか?

直美さん:血統については絶対に“アウトブリード”※にしています。私の中に『雑種強勢』という考えがあってその点は絶対的なこだわりです。一般的には流行りの種馬を使うことも多いですが、そことはかけ離れたところにいたいと思っています。

※アウトブリードとは:サラブレッドは基本的に近親交配をもとに作られているが、血統の5代前までに共通の祖先を持たないような配合をアウトブリードや異系交配という。

スピードフジも、地方競馬組合から種馬として借りられる馬の中で候補が6頭ぐらいいた中、前に守屋牧場にいたダイヤテンリュウ系のヤマトゼンシンと血統が一番遠い馬がスピードフジだったため、選びました。消去法に近いかたちでしたね。

ただ、今思うとスピードフジはうちの馬とすごく相性が良かったです。実際に来てから種付けの仕事をするになってもおとなしく、とても素直でした。うちに来る運命だったのではないかとも思います。

食べ物のこだわりはありますか?

直美さん:馬に喜んでもらえる牧草を使っています。馬は匂いにとても敏感で、ちょっと臭かったり気に入らない匂いがあったりしたら食べない贅沢な生き物です。

栄養のあるいい牧草

栄養のあるいい牧草
画像:北海道Likers

栄養価が高い牧草をお腹いっぱい食べて、牧草だけでいい体を作るのが守屋牧場では一番健康的だと思っています。濃厚飼料をあげると蹄病などの病気で足を悪くする恐れがあるので、おやつとして与える程度ですね。

牧草自体にこだわりはありますか?

直美さん:牧草は家で作っている牧草と、昔から付き合いのある馬屋さんの馬用の牧草を使っています。明らかに馬用の牧草のほうがよく食べますね。においが違うのではないかと思います。実際、馬にどのようなところが好きなのか理由を聞いてみたいですね。

弘子さん:「守屋の馬は贅沢なもんだな」と言われますね。

直美さん:やはり馬は家族であり、仔馬は我が子ですから。私たちにとってとても大切な存在です。

お腹いっぱいに食べる親子

お腹いっぱいに食べる親子
画像:北海道Likers

生産者としてのばんえいへの想いとは

先日、2024年8月11日(日)に「第36回ばんえいグランプリ」生産者の祭典が行われましたが、終えての感想はありますか?

直美さん:こんなにたくさんの人に投票してもらえて、とても嬉しかったです。去年はツガルノヒロイモノが10位に入りましたが、今年はクリスタルコルドが7位、そしてチャチャクイーンが17位に入っていたのは驚きでした。

生産者の祭典

生産者の祭典で登壇された直美さん
画像:ばんえい十勝

キングフェスタやヘッチャラがいる5歳世代はみんな強いですよね。次は5歳世代が引っ張ってほしいなと思います。

5歳世代はキングフェスタが活躍したことで強くなったのではないかと考えています。どの世代でもライバルがいるからこそ強くなると思っていて、キングフェスタがいたからこそ、クリスタルコルドなどもここまで強くなったのではないかと。

ばんえい競馬にかかわる生産者としての想いはありますか?

直美さん:1頭でも多く丈夫な仔馬を育てて、1頭でも多く競馬場で活躍してほしいですね。将来も変わらないです。特に賞が欲しいわけではなく、育てた馬が元気で走ってほしい、それが一番の願いです。

どの馬も私の子どもとして育ててきたので、まだ私のことを忘れていない子もいますね。

ハゴロモグルービーやツガルケッパレフジなど若い子に多いです。私の声を聞くとレース中に私のもとにやって来そうになる馬もいます。なので、パドックで声をかけるときは様子を見つつ声を掛けます。

守屋さんが思うばん馬の魅力は何ですか?

目です! あと鼻。はふはふ、ぶるぶるしていて可愛いです。

「この馬のここがかわいい!」と思うのは、チャチャクイーンの尻尾ですね。パドックで尻尾を振るのは小さいころからの癖ではなく、競馬場でレースを行うようになってから始めた癖です。感情表現の一つではないかと考えています。

そしてプリッとしたお尻もかわいいですね。やはりあとは温厚な性格です。やんちゃな子もいますが繊細なサラブレッドとは違い、ばん馬は全体的にのんびりしている子が多くかわいいです。

最後に読者へ一言お願いします!

いろんな人にその人なりのばん馬の魅力を知ってほしい。そして楽しんでほしいです。最終的には生産者の減少に歯止めがかかればいいなと思います。

仔馬に話しかける直美さん

仔馬に話しかける直美さん
画像:北海道Likers

ーーー「馬は家族である」とおっしゃる守屋さん。馬に対しての愛情が言葉の一つ一つから溢れ出ていました。
現在もそしてこれからも、守屋さんの「我が子」たちが元気に競馬場で走ってくれることを願っています。そしてばん馬の魅力、可愛さをより多くの人に伝えられるよう、私も頑張っていきたいと思います!

文/みっと

連載「ばんえい競馬ではたらく人」では、ばんえい競馬を支える仕事に就くさまざまな人の魅力に迫ります。お仕事と記事の一覧はこちらから。

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