新名貴之さん

「赤字が続けば廃止」厳しい時代を乗り越えた先にあるばんえい競馬の課題

2024.03.15

日本の競馬は「公営競技(こうえいきょうぎ)」と呼ばれ、国や地方公共団体が主催者となり開催しています。賭博行為が禁止されている日本において、競馬開催での収益金を人々の暮らしに役立たせるため、財政に貢献する健全な事業として、法律で認められているものです。

今回お話を伺ったのは地方競馬全国協会参与の新名貴之さん。ばんえい競馬をさまざまな立場で支えてこられたご経歴を持つ新名さんに、ばんえい競馬が抱える課題やこれからについてお聞きしました。

新名貴之(にいなたかゆき)。1973年、宮崎県出身。京都大学法学部卒。2007年よりオッズパーク・ばんえい・マネジメント株式会社取締役、代表取締役社長。2012年より競馬モール株式会社(楽天競馬)にて地方競馬に携わり、2023年5月より地方競馬全国協会参与に着任。再び帯広でばんえい競馬の課題解決に向け尽力している。

ばんえい競馬がいつまでも楽しめるようにするための「課題」

北海道LikersライターKawahara(以下、Kawahara):新名さんは地方競馬全国協会参与に着任されていますが、中央競馬と地方競馬では何が違うのでしょうか?

新名さん:日本の競馬は、中央競馬と地方競馬の2種類あります。『日本ダービー』が開催される東京競馬場、『有馬記念』で有名な中山競馬場など、“全国10場で日本中央競馬会(JRA)が主催者となり行っているのが中央競馬”です。JRAは農林水産大臣監督のもと設立された特殊法人として競馬を行っており、馬券発売で得た収益金の一部は国庫に納付されます。

一方、地方競馬は“地方公共団体が全国15場でそれぞれ主催し行われる競馬”を指します。帯広市が主催者となり帯広競馬場で開催しているばんえい競馬や、東京23区で構成する特別区競馬組合が主催し大井競馬場で行われる東京シティ競馬(TCK)などは地方競馬で、その収益金は地方公共団体に納付されます。

Kawahara:中央競馬と地方競馬では主催者が異なるのですね。新名さんご所属の地方競馬全国協会はどのような団体ですか。

新名さん:地方競馬全国協会(NAR)は、競馬法に基づいて、各地方競馬主催者の共通目的を担う地方共同法人です。JRAとの一番の違いは、私たちは競馬主催者ではなく“地方競馬の公正かつ円滑な実施のためサポートをする立場”であるということです。

その一部を紹介すると、地方競馬に出走する競走馬や馬主の登録、調教師・騎手の養成・訓練、免許の交付が挙げられます。そのほか、競馬の公正を確保するため、裁決・決勝審判・発走といった専門知識を持った職員の各競馬場への派遣や研修も行います。さらには、各地方競馬主催者が連携してレースの盛り上げ策や課題解決に向けた事業、畜産振興事業や競走馬生産振興事業に対する補助なども行っています。

開催執務委員長との様子

新名さん(左) 出典:ばんえい十勝

Kawahara:新名さんご自身の業務を教えてください。

新名さん:ばんえい競馬支援担当として帯広競馬場に常駐し、開催執務副委員長として日々の競馬を開催しつつ改善を図り、同時にさまざまな課題解決に向けての調査検討を行っています。

現在のばんえい競馬は、競馬場に来場されたり、インターネット発売で馬券を購入してくださったりするみなさまのおかげで売上も好調に推移し、昨年度は売上554億円と過去最高を達成するまでになりました。

ですが、存廃問題に揺れ帯広市単独開催となった2007年の年間売上100億円台の時代には考えられなかったほど大きくなった売上に対して、競馬運営の体制が追いついていないという課題があります。

ばんえい競馬が直面する課題は、たとえば、競馬開催の根幹となる“公正確保の徹底”、重種馬(ばん馬)の生産頭数減に対する“競走馬資源の確保”、お客様が競馬を観戦するスタンドや人馬が住む厩舎の老朽化などに伴う“施設の改修”、“レース賞金など報償費の設計”、そして“競馬開催業務に従事する職員に必要なスキルの継承”など多岐に渡ります。ばんえい競馬をこれからも魅力あるレースとして未来につなげていくために、これらの課題を解決するための運営体制強化を今こそやらねばなりません。

Kawahara:NARが特定の地方競馬主催者に対して支援するのは異例なこととお聞きしました。

新名さん:「ばんえい競馬は世界を見渡しても日本の帯広市だけで開催されている大変貴重な馬文化であり、競馬の継続を通じて重種馬(ばん馬)の生産を日本に残していく」というNAR斉藤理事長の強い想いから、NAR内にばんえい競馬支援プロジェクトを結成し、帯広市から配属された農政部職員2名と連携して進めています。

「みんなでばんえい競馬を作っている」という意識を持つ

Kawahara:具体的な動きとしては何をされていますか?

新名さん:競馬関係者にはそれぞれの立場での意見があります。主催者である帯広市が、さまざまな意見を持つ現場と直接コミュニケーションを図り、よりよい形で開催業務を進めていけるような仕組みを作ることが重要であると考えています。

私たちはまず、馬主や現場の調教師、騎手と個別に現状や課題などの意見交換を行い、私たちが考える現状・課題についても共有しています。ばんえい競馬はオーナーブリーダー(生産牧場が馬主を兼ねること)の方も多いので、競走馬資源の確保策など、幅広く意見交換を行っています。

また、“競馬開催業務に従事する職員に必要なスキルの継承”について、2007年に帯広市単独開催となった当初は、競馬開催のノウハウを持った旧北海道市営競馬組合出身のベテラン職員がおり、現場の判断で開催を続けていくことができましたが、現在はその当時の職員も少なくなりました。

帯広市職員が競馬開催業務を担うことについても多くの課題があります。競馬開催業務は市役所の他の業務に比べ特殊であることに加え、職員は2~3年で異動になることが多く、業務内容が継承されにくいためです。帯広市は、主催者としての本来の役割である競馬開催のための予算獲得や施設改修などが行えるように、競馬開催運営の専門スタッフの確保・育成が必要であると考え、課題の抽出と対策の検討をしているところです。

Kawahara:新名さんはどのようないきさつでばんえい競馬支援担当になられたのでしょうか?

新名さん:2007年にばんえい競馬が帯広市単独開催と決まったときに、開催運営の受託会社となったオッズパーク・ばんえい・マネジメント株式会社(以下、OPBM)の代表として初めて帯広へ着任しました。2012年度から運営受託会社が代わったのを機に東京に戻り、その後、楽天競馬でばんえい競馬を含むインターネット投票に従事していました。いまお読みいただいている『北海道Likers』の“楽天競馬ばんえい十勝応援企画”も実は私が考えたものです。そして昨年、NARから「ばんえい支援プロジェクトに参加しないか」との声がかかり、現在に至ります。

懸命に頑張るばん馬たちに、熱いエールを!

事務所にて本川さんと

新名さん(右)、本川さん(中央) 出典:ばんえい十勝

Kawahara:ばんえい競馬の一番厳しい時代を経験された当時のことをお聞かせください。

新名さん:2000年代の地方競馬は、全国の多くの競馬場が相次いで廃止に追い込まれ、競走馬たちは行き場を失い、競馬に携わった人々の多くも仕事を失う非常に厳しい時代でした。旭川、岩見沢、北見の3市が撤退し2007年に帯広単独で再スタートを切ったばんえい競馬も例外でなく、赤字が続けば廃止という厳しい時代が何年も続きました。

馬券発売以外の収益を模索しているなかで、競馬評論家の須田鷹雄さんから2008年に始まった『ふるさと納税』を活用したばんえい競馬振興事業の財源確保をご提案いただき、幅広く呼び掛けたほか、様々な伝手を通じて直接お願いしにも行きました。おかげさまで、本当に多くの競馬ファンや競馬関係者のみなさまが助けてくださり、競馬を続けることができました。ご恩は感謝してもしきれない思いです。

そして、私のなかで一番の戦友といえる本川高雄さんとの思い出がいつも心に残っています。本川さんは旧北海道市営競馬組合からOPBMへの運営引継ぎを主導してもらい、単独開催開始後もOPBM役員として運営に携わりました。本当に実直な方で、運営初心者の私が遠慮なく相談や意見をぶつけることができ、実現まで落とし込むための方法を共に考えてくださいました。残念ながら志半ばで他界された本川さんですが、ばんえい競馬の馬券発売額が1日7億円超のレコードとなったときには仏前に報告に行かせてもらいました。ばんえい競馬が今もこうして親しまれ盛り上がっている姿を見せてあげたかったです。

Kawahara:最後に、ばんえい競馬への想いをお聞かせください。

新名さん:ぜひ帯広競馬場に訪れていただき、ライブで観戦し、ばん馬たちのことを知ってほしいと思います。いつも懸命に頑張っているばん馬たち。坂の先は見えなくとも騎手を信じて懸命に登っていきます。息遣いや現場でしか聞こえない音、空気感をぜひ体感してほしいです。

そして、その年のばんえい競馬の最強馬を決める『ばんえい記念』。勝負の世界ですから当然1着馬を決めることが大事なのですが、ばんえい競馬の最大斤量(きんりょう)である1トンを背負って、渾身の力を振り絞るばん馬たちの姿にはいつも感動します。最後の馬がゴールするまで熱い声援を送る競馬ファンのみなさまの想いに応えるためにも、ばんえい競馬を末永く残していきたいと心から思います。

“めんこい”ばん馬たちが活躍するばんえい競馬をぜひこれからも応援してください!

 

ーーー新名さんの言葉からは、ばんえい競馬への深い愛情と競馬ファンへの想いに応えるための強い決意が伝わってきました。ばんえい競馬がこれからも魅力あるレースとして未来につながるよう応援しています!

連載「ばんえい競馬ではたらく人」では、ばんえい競馬を支える仕事に就くさまざまな人の魅力に迫ります。お仕事と記事の一覧はこちらから。

【画像】ばんえい十勝

Sponsored by 楽天競馬