風通しの良い厩舎づくりを目指す。今井千尋騎手の父!今井調教師のばん馬愛と家族愛

2024.01.27

十勝地方の観光スポットとして人気の“ばんえい競馬”。「帯広競馬場」でほぼ毎週土・日・月の3日間行われ、ばん馬たちの臨場感あふれるレースを楽しもうと、地元の方と大勢の観光客でにぎわっています。

砂塵を立てながら曳き進む、ばん馬たちの強靭な馬体、圧倒的な存在感、そして共に生活をする人間たちとの信頼関係の深さ。明治の開拓時代の面影を残す北海道遺産として、今も文化が継承されています。

今回お話を伺ったのは、ばんえい競馬調教師の今井茂雅さん。新人女性騎手として大活躍中の今井千尋騎手のお父様です。ばんえい競馬に携わるやりがい、そしてばん馬たちやご家族への想いを語っていただきました。

今井茂雅(いまい・しげまさ)。1962年、新十津川町出身。ばんえい競馬騎手を経て、1995年より調教師となる。今井千尋騎手は次女。妻・みどりさん、長女・果歩さんも厩務員として家族でばんえい競馬に携わっており、その姿は多くのメディアで特集され、ばんえい競馬を盛り上げている。

ばんえい競馬ではたらく人

農耕馬が活躍し、ばんえい競馬が盛んだった昭和時代

今井調教師_取材中2

取材はオンラインで行いました。 出典: 北海道Likers

北海道LikersライターKawahara:今井調教師がばんえい競馬の世界に入られたいきさつをお聞かせください。

今井調教師:私がこの世界に入ったのは、父の影響が大きかったと思います。実家は新十津川町の米農家で、農耕馬を飼っていました。私が子どもだった昭和30~40年代の農業は、まだ農耕馬の力に頼るところが大きく、少しずつトラクターが入ってきていた時代でした。

父はばんえい競馬が好きで馬主となり、自分で育てたばん馬を競馬に出走させ、そのうち競馬場で厩務員もやっていました。父の姿を見て育った私も自然と馬が好きになり、一緒に生活する環境がとても楽しかったことを覚えています。

ばんえい競馬の世界へ入ったのは昭和の終わりごろです。当時はバブル景気で、ばんえい競馬も大変な盛り上がりを見せていました。そこで働く人たちもとても羽振りがよく、自分も「ばんえい競馬の世界に挑戦したい」と思ったことがきっかけでした。

北海道LikersライターKawahara:騎手になられたあと、若くして調教師へ転身されました。そのころのエピソードもお伺いしたいです。

今井調教師:競馬の騎手になるには免許取得のための試験に合格する必要があるので、まずは厩務員として勤めながら試験勉強をしました。当時25歳で厩務員になった私が騎手を目指すのは「遅い」と言われていましたが、せっかくの機会だからと勉強し、晴れて騎手になることができました。

ただ、騎手になったあとが大変でした。当時は騎手が今の2倍ほどの約40名もいて、手ごわい先輩たちも多く、なかなかレースで騎乗する機会がありませんでした。先々の人生を考え、早めに調教師試験を受けることにし、勉強を続けました。

1,000勝達成時、ジェイサンデーと。 出典: ばんえい十勝

北海道LikersライターKawahara:調教師となったころの印象に残っている出来事はありますか?

今井調教師:私が調教師になった平成初期は、年配の調教師が多く、30代で転身したことを快く思われない風潮がありました。しかし、当時はばん馬の頭数が今より多く、騎手時代からお世話になっていた馬主さんが馬を預けてくださるなど、管理する馬が集まらないということはなかったですね。良い時代でした。

今井調教師:調教師としての初勝利は、開業した1995年5月、北見競馬場でクロキクハナが挙げてくれました。“1着を獲れそうで獲れないのが競馬”なので、嬉しさと同時にほっとしたことを覚えています。

北海道LikersライターKawahara:ばんえい競馬の調教師になって大変だと感じるのはどんなことでしょうか?

今井調教師:馬が好きで始めた仕事ですので、大変だと感じたことはないですが、やはりばん馬たちの生死に直面するときはつらいですね。動物を扱う仕事にはつきものですが、私は「馬ってかわいいもんだ」とずっと思っていますからね。

“体調の悪い馬はできるだけ早いうちに人間が気付いてあげて、手当てができるようにする”ということを心がけて、日々管理しています。

今井厩舎ならでは!ばん馬の管理方法とは

今井厩舎で活躍中のサクラヒメ 出典: ばんえい十勝

北海道LikersライターKawahara:今井厩舎所属のばん馬たちは人間との距離が近く、親しみやすい馬が多いと聞いたことがあります。管理方法に何か特徴はあるのでしょうか?

今井調教師:ばん馬たちにどうやって競走馬の仕事を理解させ、成長させていくかと考えたときに、私は“叱ることと褒めること”が大切だと思っています。

叱る際にはただやみくもに叱るのではなく、良いことをしたときは褒めて、まずは人に慣れさせることが大切です。ばん馬たちができるだけ「嫌だな」と感じることが少ないようにしています。

大きなばん馬たちが人間と共に生活をする際、動きによっては人間の命取りになる事故が起きかねないので、“ダメなことはダメ”と教えなければいけません。なので、私の厩舎では人間が出した指示を理解してやってくれたときには、ご褒美としてニンジンをあげています。

厩舎スタッフのポケットにはいつも小さく切ったニンジンが何個か入っていますよ。ペンギンショーやイルカショーのイメージで、こちらの指示にちゃんと応えてくれたときには、ご褒美がもらえるシステムです(笑)

ニンジンを与える今井調教師 出典: ばんえい十勝

北海道LikersライターKawahara:ほかにも今井厩舎独特の管理方法はありますか?

今井調教師:“スタッフ全員で1頭の馬の様子を観察する”という点です。厩舎で管理しているばん馬たちにはそれぞれ担当スタッフがついていますが、その垣根を越えて、全員が全頭の様子をチェックするようにしています。複数の目でばん馬の様子を見たほうが、体調面や精神面で少しの違和感に気づく可能性が上がるからです。

神経質な馬は、レースが近づくと疝痛(せんつう)*を起こしてしまったり、人間の胃潰瘍と同じ症状になったりすることがあるので、少しでも早く気づいてあげることが重要です。スタッフ同士、日々助け合うと細かい報告もしやすいので、風通しの良い厩舎になっていると思います。

* 疝痛・・・胃や腸の腹部の疾病のこと。馬の胃腸は非常に長く特殊な形態をしているため、吐き戻しが困難となり、重度の場合は破裂や腸捻転など生死にかかわる。そのため、人間が初期段階で発見し処置することが重要となる。

「女性も活躍できるばんえい競馬」になってほしい

100勝達成時にお祝いされる今井千尋騎手 出典: ばんえい十勝

北海道LikersライターKawahara:今井厩舎といえば、次女の今井千尋騎手が大活躍されていますね。

今井調教師:小さいころから馬が好きで、大人になった今も、ずっと変わらない純粋な気持ちのまま馬と接しているように見えます。

物心ついたころから厩舎で馬と遊んでいて、私が馬の調教をしていると、ソリの後ろに乗ってくることもよくありました(笑) ほかの厩舎の馬とも遊んでいたりして、その調教師から「また来てるぞ、迎えに来い!」とよく呼び出されていましたね(笑)

幼いころの今井千尋騎手のリトルダービーでの様子 出典: ばんえい十勝

今井調教師:そんな彼女を見て、祖父が「そんなに馬が好きなら、家にいるポニーを売って、そのお金で乗馬の道具を買って練習しなさい」と言ったのですが、千尋は「そんなかわいそうなことはできない」と言って、ポニーに自分で小さなそりをつけて練習させ、お姉ちゃん(果歩さん)と草ばん馬大会に参加していました。

千尋は馬術の腕前はありましたが、身体が小さいのでばんえい競馬の騎手は厳しいかなと思い、JRAの騎手をすすめた時期もありました。しかし、小さいころから大人の世界で頑張ってきたばんえい競馬で、彼女の夢だった騎手になることができ、良かったと思います。周りの馬主さんや調教師から良い馬の騎乗依頼もいただくことができ、感謝しています。

今井千尋騎手の厩舎での様子 出典: ばんえい十勝

北海道LikersライターKawahara:ご家族で厩舎を管理されている姿がよく取材されていますね。

今井調教師:長女の果歩も小さいころから馬が好きで、千尋とよく遊んでいました。厩舎の仕事は大変だろうと一緒に手伝ってくれています。長男(大翔さん)はまだ中学2年生。なぜか私たちの厩舎の馬以外には馬アレルギーが出てしまいます(笑) あまり過保護にしないように、お姉ちゃん2人に任せています。

基本的に1番のボスはお母さん(今井調教師の妻・みどりさん)です(笑) うちは馬も牝馬が活躍しますし、そのほうが何かと上手くいくと思います(笑)

中村太陽さん

中村太陽騎手の厩舎での様子 出典: ばんえい十勝

北海道LikersライターKawahara:そして今井厩舎には、もう1人の新人騎手・中村太陽さんもいますね。

今井調教師:彼は本当に馬好きな青年です。また今どきの子に珍しく馬鹿が付くほど真面目ですね。たくさんレースの騎乗機会をいただけているので、今はそそっかしい面を徐々に克服し、レース中に良い判断ができるように経験を積んでいるところです。何でも一生懸命に取り組んでいるので、いずれは鈴木恵介騎手のようにばんえい競馬を引っ張る存在になってほしいです。

北海道LikersライターKawahara:ありがとうございました! ばんえい競馬のファンの方へメッセージをお願いします。

今井調教師:帯広の冷たい空気の中でばんえい競馬を見てもらい、ばん馬たちの気迫や熱気を体感すると、もっと好きになってもらえると思います。ぜひ遊びに来てください!

北海道LikersライターKawahara:ばんえい競馬で働きたい方へメッセージをお願いします。

今井調教師:うちの厩舎を見てもらえれば、この仕事は“女性にできない仕事ではない”ということがわかってもらえると思います。馬が相手の仕事ですので、休みが取りづらい点はありますが、夢がある人に来てもらえると、ばんえい競馬の世界で働く人たちみんなの意識ももっと良い方向へ変わっていくと思います。ぜひ一緒に働きましょう!

ーーー今井調教師の愛情深さがとても伝わってくるインタビューとなりました。“牝馬の今井厩舎”、これからも応援しております!

連載「ばんえい競馬ではたらく人」では、ばんえい競馬を支える仕事に就くさまざまな人の魅力に迫ります。お仕事と記事の一覧はこちらから。

【画像】ばんえい十勝

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