阿部騎手

「腕の見せ所は勝利だけではない」現役最強馬の主戦騎手・阿部騎手の強さ

2024.03.09

北海道帯広市で開催されている世界唯一の競馬・ばんえい競馬。体重1トン前後のばん馬たちが、重いソリを曳きゴールを目指します。

そんなばんえい競馬において、騎手は馬や周りの様子を見ながら馬を歩かせたり止めて休ませたりしてゴールを目指します。今回は、現役最強と言われる“メムロボブサップ”の主戦騎手であり、現役トップクラスの成績を残している阿部武臣騎手にお話を伺いました。

阿部武臣(あべたけとみ)。1972年生まれ、宮城県出身。ホクショウマサルやメムロボブサップの主戦騎手で、2023年7月には2,000勝を達成するなど、ばんえい競馬の最前線で活躍中。

働くばん馬に魅せられ北海道へ。ばんえい競馬騎手・阿部武臣のルーツ

北海道likersライターりゅうと(以下、りゅうと):騎手になろうと思ったきっかけを教えてください。

阿部騎手:もともと宮城県の実家でばん馬の世話をしていましたが、最初は騎手になろうとは思っていませんでした。実家では生活のために山で材木出しなどの仕事をする傍ら、小学6年生くらいから草ばん馬に参加していました。

その後はばん馬の勉強をするため、高校を卒業すると同時にばん馬の本場である北海道に行き、帯広競馬場の厩務員になりました。厩務員の道に進むことの迷いはありませんでしたね。

厩務員として働くなかで、試験に受かると騎手になれることを知ってからは「馬が好きだし、馬に乗って自分で馬を操ってみたい」という気持ちが強く芽生え、騎手を目指すようになりました。

りゅうと:騎手を目指そうと思ったのは、厩務員として働いてからだったのですね。馬を乗りこなせるようになるために学んだことや練習したことはありますか?

阿部騎手:馬は体が大きいので、1番は飲み込まれないようにすることですね。自分の立ち位置を馬より上に置いておかないと、下に見られてしまいます。馬はとても利口なので、「この人は言うことを聞かなくてもそんなに怒らないな」と思ったら自由に動き、人間を引っ張ってしまう。人間が馬よりも偉いと思いこませ、馬をあまり自由にさせないようにしないとうまく引っ張ってくれません。同じ馬でも、厩務員と騎手相手とでは動きが違いますよ。

りゅうと:乗り始めるときから馬に人間の立場が上であることを教えないといけないのですね。

阿部騎手:はい。馬に乗る依頼が来たときには、はじめての馬でも2~3日前から調教をし、手綱を持った瞬間から「自分が馬より偉い」「騎手の言うことは聞かないといけない」ということを馬に仕込みます。

勝つために必要な騎手としての力

阿部騎手 朝調教

調教中の阿部騎手 出典: ばんえい十勝

りゅうと:騎手として勝つため、レース前にすることやレース中に考えていることはありますか?

阿部騎手:レース前はいろいろな馬を調教するので、乗る馬の体調や調子を感じ取るようにしています。癖を掴むようにならないと上手にもなれないと思っているので、今は2回ほど乗ればその馬の癖を掴めます。

レース中はある程度イメージを持って騎乗するのですが、相手は生き物なので、そのときのパターンにあわせて臨機応変に騎乗することを意識しています。

りゅうと:競馬場の馬場状態は“重馬場”・“軽馬場”のようにいいますが、レースの際は砂の状態も考えて騎乗されていますか?

阿部騎手:そうですね。「軽いようだけど温かくなってぬかるんできている」など、砂の状態は瞬時に判断しています。騎手は判断力が優先されるので、1レース乗った瞬間に「昨日と馬場が違う」とすぐに判断しています。

りゅうと:レース後に自分のレースを見直すことはありますか?

阿部騎手:1日のレースが終わるとレース映像を見られるので、気になったところがあれば修正したり、馬に対して「圧をかけすぎたから加減しようかな」と考えたりします。あとは、他の騎手が自分の乗る馬でいい動きをしていたら、そのときのレース映像を見て、動きの様子は見ますね。騎乗スタイルや馬に対しての追い方は人それぞれなので、他の騎手を見て勉強をすることもあります。

りゅうと:技術を磨くにあたって、他の騎手と話をされることも多いのですか?

阿部騎手:話をすることもありますが、お互いよい友達でありライバルなので、あまり話には出さず、お互いの姿を見て盗むことが多いです。

2023ばんえい記念_メムロボブサップ

「ばんえい記念 2023」のメトロボブサップと阿部騎手 出典: ばんえい十勝

りゅうと:はじめて乗る馬と何回も乗っている馬で、レースにおいて意識することは変わりますか?

阿部騎手:癖をどう感じ取るかですね。何回も乗っている馬は癖がわかりますが、はじめて乗る馬はわかりません。馬は喋ることができないので、乗っている騎手がいかに馬の癖やその日の体調の良しあしを事細かに感じ取れるかが大切だと思います。

りゅうと:実際にはどのように体調を見極めていますか?

阿部騎手:馬も人間と同じで、日によって体調が違います。同じ調教をしても重そうに動くときと軽やかに動くときがあり、どうしたらどんな動きをするかを調教していくなかで見極めています。

春先の若馬のくしゃみや鼻水、厩舎にいる馬のエサの残り具合などは人間が見極めてやらないといけません。早く見つけることができれば、調教を休ませたり獣医に診てもらったりできます。体調が悪くなると引っ張らなくなるし、回復するのに半年や1年かかることもあるので、見極めは大変なところですね。

北海道likersライターりゅうと:阿部騎手は自分自身の強みを何だと思いますか?

阿部騎手:特別な強みはないと思うのですが、騎手は勝つことのほか、いかに馬を無事にゴールさせるかも必要だと思っています。慣れている馬ならいいですが、新馬(レースに出走した経験のない2・3歳馬)や若い馬は障害でひっくり返ったり怪我をしたりすることもあるので、うまくゴールさせられるかが騎手の腕の見せ所かなと。

能力検査や新馬戦など、慣れていない馬には騎手の長年の勘と経験がものをいうと思うので、若手とベテランの差が出てくるところだと思います。

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ホクショウマサル

「ばんえい記念 2021」で優勝したホクショウマサル 出典: ばんえい十勝

りゅうと:『ばんえい記念』が近づいていますが、2021年にホクショウマサルではじめて『ばんえい記念』を勝ったときの気持ちを教えてください。

阿部騎手:『ばんえい記念』出場までなかなかたどり着かないので、あのときは本当にうれしかったですね。前年の2020年が3着で、翌年の2021年に1着をとれたのでとてもうれしかったです。

りゅうと:今年はメムロボブサップとの挑戦になりますが、意気込みを教えてください。

阿部騎手:2023年に1着をとっているので、出るからには連覇したいですね。相手もいるので、『ばんえい記念』で絶好調に持っていけるように仕上げていきたいです。

メムロボブサップと阿部騎手

阿部騎手とメトロボブサップ 出典: ばんえい十勝

りゅうと:メムロボブサップは調教も阿部騎手が行っているそうですが、今までやってきて何か感じることはありますか?

阿部騎手:メムロボブサップは、ばん馬にしてはあまり体が大きい方ではないのですが、特殊な馬ですね。現在オープンクラスにいても、今年度3着以下だった回数が1回*のみで、本当にすごい馬だなと思っています。

りゅうと:メムロボブサップが成長したところは何だと思いますか?

阿部騎手:気持ちは小さいころのままで、荒くたい(荒々しい)ところもあるのですが、重い荷物にも対応しながら人の言うことも聞くようになり、馬自身が呼吸を整えられるようになってきました。すごく成長を感じますね。

りゅうと:呼吸を馬自身が整えるというのはどういうことですか?

阿部騎手:荷物が軽いうちはやんちゃに引っ張ってもいけます。ですが、900kg~1tとなると、やはり荒いだけではなく、騎手の言うことを聞いて、止まるときに止まる、「行け」と言ったときに反応する、など馬自身も余裕をもって引っ張ってくれないとスムーズにいきません。馬自身が行く気持ちを抑えながら騎手の言うことを聞き、指示に反応してくれるようになったことは大きな成長だと思います。

りゅうと:メムロボブサップは“現役最強馬”と言われていますが、あえて求めるものなどはありますか?

阿部騎手:特にないですね(笑) これ以上求めたら欲張りになってしまうので。

*取材した2024年1月19日時点の結果

魅力あふれるばんえいの仕事。阿部騎手がこれから目指す像とは

りゅうと:ばんえいの騎手・厩務員としてこれから目指す像を教えてください。

阿部騎手:特殊な仕事で人が足りていないなどはありますが、少しずつ若い人が競馬場に入ってきてくれて、厩務員をやりながら騎手を目指す人も増えてきています。仕事の魅力を若い人たちに伝えていけたらいいなと思います。

プロの世界で特殊なので、仕事内容としては辛いのですが、自分で馬を調教して1着をとったときの喜びや、騎手になって1着をとったときの達成感など、実際に体験しなければわからないことを届けたいです。

馬は暑さに弱いため、夏の競馬場では朝4時くらいから仕事が始まります。普通の人が気持ちよく寝ている時間に起きて仕事をしなくてはいけないことや、生き物相手なので休みを交代で取っても1日中は休めないことなどが、若い人には受け入れづらいのかなと思っています。それでも最近は、所属している坂本厩舎に騎手を目指している自分の息子や友達が入り、若い人が増えました。楽しそうに仕事をしていて、雰囲気が明るくなったと感じますね。

ーーー競馬場で見る力強い印象とは異なり、とても優しく明るい雰囲気でお話をしてくださった阿部武臣騎手。もっとお話を聞きたくなるような魅力にあふれた方でした。多くのことに気を配り、判断することを騎手として重視しているのが伝わり、小野木隆幸騎手がデビュー時に憧れの騎手として名前を挙げた理由がわかった気がしました。

この記事を通して阿部騎手の仕事や考えを知り、ばんえい競馬をさらに楽しむ助けとなれば幸いです。今後の阿部騎手のご活躍をばんえいファンとして楽しみにしています。

【画像】ばんえい十勝

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