札幌新陽高校校長・赤司展子。「複業する校長」が自らの姿勢で魅せる教育の理想とは
あなたが校長先生と聞いて思い浮かべるのはどんな人ですか? 朝礼でダラダラ話す人? 学校であんまり関わりのない人? 今回紹介する校長先生はそんなイメージからかけ離れた“複業する校長”です。いくつもの顔をお持ちの赤司展子さんにこれまでのキャリアや教育のこと、ご自身の考えを伺いました。
赤司展子(あかし・のぶこ)。千葉県出身。早稲田大学卒業後、三井物産、アルフレックスジャパン、UBS証券を経て2007年PwC Japan入社。2014年~2016年、PwC Japanの社会貢献活動の一環で、福島県双葉郡教育復興ビジョン推進協議会へ出向。2016年10月PwCへ戻り新規事業開発チームに参画。2018年1月PwCを退職し、同年6月好奇心と想像力を引き出す協創的な学びの場を目指し、ウィーシュタインズ株式会社を設立。STEAMプログラム(※)の企画開発や、学校向け経営アドバイザリーサービスなどを通して“学びの多様化”に取り組んでいる。2021年4月から札幌新陽高等学校(以下、札幌新陽高校)の学校長を務める。
きっかけをくれた福島での経験
北海道LikersライターFujie:千葉県ご出身で北海道に移住されたのは今年の4月。北海道の印象はどうですか?
赤司さん:本当に暮らしやすいですね。みんなが「自分の土地が好きだ」という土地に私も今暮らせているのはとても幸せだなと思っています。とにかくご飯がおいしいし、空気がいいし、景色がいいって、もうこれは声を大にして言いたい! 近所のスーパーでホッケが売っていてすごいビックリしたんですよ。スーパーで買えるんだと思って(笑) 暮らすには最高な場所なんじゃないかと思って日々楽しく過ごしています。
北海道LikersライターFujie:それは嬉しいお言葉ですね(笑)
札幌新陽高校の校長就任を機に移住されたとのことですが、実はこれまで教育分野以外でのキャリアを多く積まれていらっしゃいますよね。
赤司さん:教育のフィールドに出会うまではずっとビジネスの現場にいました。自分では“越境キャリア”と呼んでいて、商社やインテリア業界、証券会社、コンサルファームと、業種も職種もバラバラな会社に勤めてきたんです。これでも自分の中では、一応やりたいことという意味での一貫性はあったつもりなんですけどね(笑)
北海道LikersライターFujie:教育というフィールドに出会うきっかけは何だったのですか。
赤司さん:2007年から勤めていたPwC Japanは、東日本大震災後、被災地支援で社員を現地に派遣していたんです。2014年に、福島県双葉郡の子どもたち向けに、“新しい学びをつくる”と同時に“被災・避難している子どもたちのメンタルをケアする”という巨大プロジェクトが立ち上がり、社員から現地プロジェクトマネージャーを募集します、という社内公募を見つけまして。
北海道LikersライターFujie:その募集に応募をしたんですね?
赤司さん:はい。もう直感ですよね、「なんか……行きたい!」と思ったので、手を挙げました。のちに福島でのこのプロジェクトが教育に仕事として関わるきっかけになりました。出向期間が終わってPwCに戻った時に、私自身教育のプロでも何でもないですが、違う立場にいる私だからこそ教育で何かできることがあるのではと思って、教育をテーマに新規事業開発をするチームに異動させてもらいました。そこから継続的に教育にかかわっていますね。
「学びの多様化」が欠かせない
北海道LikersライターFujie:実際に福島ではじめて見た教育現場の印象はどうでしたか?
赤司さん:そうですね。原発事故の影響で福島県双葉郡の学校は、GoogleやMicrosoftをはじめとする各大手IT企業から遠隔授業などの支援を受けていました。新しいIT技術やそれによる体験はすごいと思いましたね。一方で、いわゆる“普通の授業”が私の知る約30年前と何も変わっていなかったことには驚きました。もちろん悪いことばかりではないですが、一律一斉の集団形式で学ぶ環境がまだ多くあるということを認識させられました。こうした経験から“学びの多様化”というものに興味を持ちだしましたね。
北海道LikersライターFujie:実際に教育現場を見た経験から“学びの多様化”が必要だと感じられたのですね。具体的にどういった課題があるのでしょうか。
赤司さん:はい。私が“学びの多様化”に強い関心を抱く一番の理由は、一言で表すと「子どもは自分で環境を選べないということ」なんですよね。置かれた環境によって学ぶ環境が奪われることはあってはならないという揺るぎない信念をもっています。
当たり前のことですが、子どもは一人ひとり違うので、学ぶスピードも違えば得意な学び方も違いますよね。
一律一斉の集団形式だとその枠からこぼれ出る子がどうしても出てきてしまうんです。そうした子へのケアを集団から分けて個別に行うのが、これまでの一般的な形。社会そのものの形でもある集団の中でケアできればいいのですが、そうはいっていないことが多いです。
さらに、忘れてはいけないのが集団という枠の中にいる子どもたち。空気が読める子や物分かりがいい子がいれば集団がまとまって、さぞその集団で快適かのように見えてしまいますが、必ずしもそうではなかったりする。
そんな集団しか選択肢がない教育環境に、学ぶ環境や学び方のオプションを提示する“学びの多様化”が必要だと思いました。
北海道LikersライターFujie:たしかに“学びの多様化”は重要と気づかされました。その実践のためには環境整備が欠かせないと思いますが、札幌新陽高校で取り組んでいることはありますか?
赤司さん:そうですね、直接的に“学びの多様化”に結びつくものではないかもしれないですが、月に1回2時間半、先生たちが対話をする時間を取ってもらっています。学校のビジョンや「ルールってそもそも何だろう」といった、一見正解のない問いにみんなで向き合って、ゆっくり対話をするという時間。多様な見方を受け入れたり、社会の変化を学んだりしながら、先生たちからアップデートしていけるといいなと思っています。
生徒向けには、校長らしく全校集会をやるのですが、世間一般でイメージされる退屈なものではなく、面白い話ができたらいいなと思って。今年からは、私の知人や友人をゲストに呼んで対談のような形にしたYouTube ライブ配信の全校集会にしています。
「複業する校長」が描き魅せる未来
北海道LikersライターFujie:学校長としての顔もお持ちでありながら、“複業する校長”をコンセプトに活動していらっしゃいます。ここまでのお話からもその片鱗が垣間見られましたが、いろいろな顔を持って働くなかで、良いこと・大変なことはありますか?
赤司さん:大変なことって実はそこまでないんですよ(笑) 今は札幌新陽高校の校長が占める割合は多いですが、ウィーシュタインズ株式会社の代表取締役も続けていますし、アートやSTEAM教育(※)というものが常に私のベースにあります。だからこそ他の校長と違う面が出ると思っています。いろんな顔の私が混ざりあって結局一人の赤司展子になっているのではないかな、と。
北海道LikersライターFujie:今後どういった人材を育てて、どのような社会づくりに貢献していきたいとお考えでしょうか?
赤司さん:札幌新陽高校として、互いの個性を尊重しあって、その違いをエネルギーとして新しい価値を生み出すことを目指して“人物多様性”というビジョンを掲げました。そのためには自分の個性を自分で知っていてその強みを発揮し、学び続け、変化し続けられるような力を持っている人材の育成は必要になってくるでしょうし、自分自身もそうありたいと願っています。
また、自分はありのままでいいと思えるような場をもっと増やしたい。そのためにも、自分と向き合えたり、自分が好きなこと、得意な学び方と出会える場が必要だと感じています。
学校現場でできることと、社会教育・生涯学習のような視点でサードプレイスのような場にできることがそれぞれあると思うので、“複業する校長”としていろんな業界や地域を超えてさまざまな角度から関わっていけたら楽しいなと思っています。
――――学生のキャリアの悩みを、自らの“越境キャリア”という生き様でいとも簡単に解消してくれる赤司さん。「高校に行かないという選択肢もありますよね」とも。我々が無思考にハマってしまう枠にとらわれず、子どもの選択肢を最大限引き出す気概を感じました。「高校に行く」という選択をした生徒にとって、札幌新陽高校はさらに広い未来を見せてくれる場所であることは言うまでもないでしょう。
※STEAM・・・Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)というテクノロジー時代に必須の理系の学問に、Arts(アート)が加わった分野横断的で実践的な学び(ウィーシュタインズ株式会社公式サイトより引用)