”雷神さん”に願いを込めて。大河原調教師の「ばんえい競馬へかける思い」

2024.12.25

十勝エリアの観光スポットとして有名な帯広市で開催されている『ばんえい競馬』。スピードを競うサラブレッドの競馬とは違い、体重が1トンもある大きな馬たちが騎手をのせたソリを曳き進み、その力強さを競うダイナミックなレースです。

そして、2024年12月30日(月)には、3歳重賞3冠路線の最終戦となる『第53回ばんえいダービー(BG1)』が開催されます。2021年に生を受けたばん馬たちの最強馬を決定する注目の戦いです!

今回お話を伺ったのは調教師の大河原和雄さん。ばんえいダービーに出走予定の管理馬“ライジンサン号”のこと、そしてばんえい競馬を代表する騎手から調教師へと転身された現在の境地をお聞きしました。

大河原和雄(おおかわらかずお)
1960年、北海道別海町出身。
1985年騎手デビュー。通算3,373勝(重賞54勝)、ばんえい記念2度制覇(2001年サカノタイソン号、2015年キタノタイショウ号)。
2013年、日本プロスポーツ大賞功労賞受賞。2017年調教師免許合格、2018年調教師として厩舎開業。2023年、第25回ヤングチャンピオンシップ(BG2)におけるライジンサン号の優勝にて、調教師として重賞初制覇を飾る。

ライジンサン号 2021年4月14日生・鹿毛
根室産2023年5月22日にデビュー戦を勝利、同年11月12日より第25回ヤングチャンピオンシップ(BG2)、第4回翔雲賞(BG2)を含む破竹の5連勝で、第55回イレネー記念(BG1)を勝利し、3歳馬の頂点に立つ。
将来を嘱望されるばんえい競馬期待の馬である。通算成績:23戦8勝(うち重賞3勝)(2024年12月11日現在)

3歳チャンピオンの座を守るべく

ばんえいダービー出走に向けて、ライジンサン号の現在の調子はいかがでしょうか。

夏場は乳歯から永久歯に生え変わる『歯変わり』などが影響し、良い結果を上げる事ができませんでしたが、2024年11月の『ばんえい菊花賞』出走から3戦して、年上の古馬(4歳以上の馬)相手のレースも経験し、徐々に力を上げてきていると感じています。

ライジンサン号との最初の出会いは?

ライジンサンは、根室市の花咲港近くにある岩瀬正実さんの牧場『岩瀬牧場』で生まれ、仔馬だった頃に何度も様子を見に行きました。岩瀬牧場にはライジンサンの父であるテルシゲも繫養されており、種牡馬を始めた初年に生まれた馬です。テルシゲの現役時代、私が主戦騎手でした。でもライジンサンはテルシゲと性格はそんなに似ていないかも。

1歳の春頃から一気に馬体が立派に成長していきました。そして 『帯広競馬場』にやってきたのは1歳の10月頃。それからは厩舎で生活しています。

昨年行われた『ヤングチャンピオンシップ』で、ライジンサンが根室生産馬で初めて優勝したことで、根室管内では生産者の機運も高まっており一体となって盛り上がっています。

※『ヤングチャンピオンシップ』道内の生産地を5つに分け、2歳のばん馬たちがそれぞれのエリア代表として戦い、優勝馬を決める大変珍しいレース。別名『ばんえい甲子園』と呼ばれている。

ライジンサン号はどんな性格ですか?

“とても前向きな性格で、頭のいい子”ですね。大きなレースの日などは「今日はいつもと違うな」とわかるようで、気持ちのスイッチが入るようです。

『イレネー記念』を優勝したライジンサン号が、レース当日に「いつもの癖を見せたので安心した」と仰っていましたが、“いつもの癖”とは?

ライジンサンの身だしなみを整えるため、スタッフがブラッシングをかけると「これからレースがある」とわかったようで、調子のいい時の雰囲気をぐっと出しました。その姿を見て「よし今日は大丈夫だな」と感じました。

そうだったのですね。ライジンサン号の優勝記念写真では厩務員さん達がとても喜んでいる事が伝わってきます。大河原厩舎のスタッフさんについてお聞かせください。

全員で6名、日本人2名とインド人4名です。日本人スタッフの一人は昨年名古屋から、もう一人は地元である別海町の友人の息子です。別海町出身のスタッフは、ここに来る前に競馬ファンには有名な北海道で種牡馬を繋養する牧場『社台スタリオン』で4年修業していたんですよ。インド人スタッフは、未経験もいればサラブレッド競馬の経験者もいます。

国際色豊かですね! コミュニケーションはどのようにとられているのですか?

スマートフォンの翻訳アプリを使っています。すぐに意思の疎通ができるようなったので、本当に世の中は便利になりましたね(笑)。

日本語の世界に入ってきた彼らのほうがいろいろと不安だと思いますから、できるだけ早く不安を解決してあげたいと思っています。

彼らは馬の扱いには慣れているし、未経験者でも積極的に質問をしてくれて仕事に取り組んでくれています。また、ばん馬たちの細やかな部分にまで気にかけてくれるのでとても助かっています。

ライジンサン号の馬名の由来は何でしょうか?

ライジンサンの馬主の佐々木松一さんの地元である、岩手県九戸郡洋野町の鳴雷(なるいかずち)神社の呼び名です。古くから町の人たちは親しみを込めて“雷神さん”と呼んでいるそうです。

佐々木さんとは騎手時代からの旧知の仲で、調教師となった時も馬を預けてくれているので感謝しています。ライジンサンの父テルシゲは、佐々木さんの父が馬主でした。だからこそ、こうして活躍する姿を見せることができて良かったと思っています。

ライジンサン号の活躍で活気づく道東エリア

大河原調教師ご出身の別海町もライジンサンと同じ道東ですね。

実家は酪農とばん馬の生産牧場で、現在は兄家族が経営しています。今年も生産馬が2頭、私の厩舎に入ってきました。母馬の現役時代も管理していたのでどう育っていくのか楽しみです。

別海町は町を挙げて草ばん馬や乗馬が盛んで、毎年9月には『産業祭』という大きなお祭りがあり、草ばん馬大会にたくさんのばん馬が参加します。私も調教師になってから毎年レースに参加していますよ。

ばん馬の生産頭数はピーク時よりは減っているものの、いずれ跡を継いでくれるような若い人たちもいますし、比較的安定していると思います。

故郷から遠く離れているからこそ、何かあればみんな集まって協力するなど、人間関係は深いように感じますね。

大河原調教師がばん馬の育て方でモットーとしている事は?

スタッフには「馬の世話をする時は何でもいいから必ず声をかけてあげてほしい」と伝えています。

物を言わぬ馬たちのちょっとした異変に気付いてあげられるように、目を見る。ご飯を食べているか、しっかりと排泄できているか。馬も人間をよく見ていますから、よく話しかけると人間の事を理解してくれます。「さぁ行くよ」というと馬が寄ってきてくれるような、そんな信頼関係が築けるようになります。

これからの目標をお聞かせください。

私が調教師となり開業した際に、騎手時代からお世話になっていた馬主さんたちが馬を預けてくださいました。腹を割った付き合いができ本当に感謝していますし、すべての馬主さんの愛馬たちが祝杯をあげられるように、これからもしっかりと馬と向き合い育てていきたいと思っています。そしてスタッフたちが怪我をしないで仕事ができるように。これに尽きます。

あらためて「ばんえいダービー」への意気込みをお聞かせください。

“大きなレース”と人間が変に意気込まず、 “いつもと同じ”ように接し、無事にレースに向かわせてあげたいと思っています。最後はみんなが笑顔で終わる事ができたら最高です。

ばんえい競馬を支えてくれるすべての人に感謝を込めて

ばんえい競馬のファンの皆さまへメッセージをお願いします。

2000年代に、全国の地方競馬場が赤字の為次々と廃止になってしまった中、存廃問題が起きた競馬場の中で唯一生き残る事ができたのがばんえい競馬でした。2007年に帯広市単独開催となった後も、常に背水の陣という中で、ばん馬たちのように地に脚を踏ん張って、みんなで同じ方向にひたすら進んできたからこそ、今のばんえい競馬があると思っています。

そしてあの当時、日本中のファンの皆さまが「ばんえい競馬がんばれ!」と応援してくれた力を借りて踏ん張り切る事ができました。こうして今も開催を続けていられることに本当に感謝でいっぱいです。これからも皆さまに楽しんでもらえるように進んでいきます。

読者へメッセージをお願いします。

ばんえい競馬は他の競馬場にない迫力が楽しめます。ぜひ『帯広競馬場』でばん馬たちのレースをライブで観てほしいです。全長200mのコースで行われるレースでばん馬たちと一緒にスタートからゴールまで一緒に歩いてみてください。子どもも速足で観られる競馬はばんえい競馬だけ。道中の馬達の戦い、そして騎手同士のかけひきなど、きっとその面白さがわかると思います!

ーーー「みんながいろいろと協力してくれて助かっているし、とてもありがたい」。インタビュー中に一番聞かれた言葉でした。
とても気さくなお人柄、ばんえい競馬を愛する全ての人への感謝の思いを持ち続ける姿、そして何よりもばん馬たちに惜しみない愛情を注いでいる姿にたくさんの人々が共感を得ているのだと感じました。
ライジンサン号をはじめ、ばんえいダービーに出走する全馬が悔いのないようにレースを走り切れますように。楽しみにしています!

文/Kawahara

連載「ばんえい競馬ではたらく人」では、ばんえい競馬を支える仕事に就くさまざまな人の魅力に迫ります。お仕事と記事の一覧はこちらから。

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