「20年前の記念撮影がきっかけ」ベテラン厩務員佐々木さんが語る。仕事の試行錯誤

2023.10.14

競馬の世界に“アイドルホース”と呼ばれる競走馬たちがいることを知っていますか? 育成シミュレーションゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』の大ブームでおなじみという方もいるかもしれません。サラブレッドの競馬では、オグリキャップやディープインパクト、アーモンドアイなど、容姿端麗なだけでなく、まるで人間の期待を理解しているかのような不屈の闘志で活躍し、競馬ファンを魅了した馬たちがいます。

世界で帯広市だけで観ることができる“ばんえい競馬”にも、アイドルホースが存在します。毎年8月には、ばんえい競馬ファンが人気投票で競馬に出走するばん馬たちを選ぶ『ばんえいグランプリ』という名物レースがあります。

今回お話を伺ったのは、ばんえい競馬厩務員の佐々木康弘さん。ばんえい競馬が存廃問題で大きく揺れた2000年代に活躍した牝馬のアイドルホース、アンローズとフクイズミに導かれ、ばんえい競馬厩務員となり19年目。佐々木さんに仕事のやりがいやばんえい競馬への熱い想いを語っていただきました。

佐々木康弘(ささきやすひろ)。1974年生まれ、埼玉県出身。自衛隊やサラリーマンを経て2005年より松井浩文厩舎所属の厩務員としてばんえい競馬に携わっている。現在の担当馬はインビクタ、ナカゼンガキタ、コーワホープ、チャンピオンプレスなど。

アンローズと親友が切り拓いてくれた「ばんえい競馬厩務員への道」

佐々木厩務員①

取材はオンラインで行いました 出典: 北海道Likers

北海道LikersライターKawahara:ばんえい競馬の仕事に就いたいきさつを教えてください。

佐々木さん:自衛隊在職中にできた北海道出身の友人の地元に旅行で訪れたとき、初めてばんえい競馬を観に行きました。ばん馬たちの圧倒的な迫力でそりを曳き進む光景に、「この馬たちはなんてすごい筋肉を持っているんだ!」と感動したことを覚えています。

その後、2002年に『ばんえいダービー』というレースを観に行ったときに、感動的な出来事がありました。

アンローズ 出典: ばんえい十勝

佐々木さん:このレースは“抽選で当選した競馬ファンが優勝した馬と記念撮影ができる”という企画があるのですが、運よく私が当選し、一緒に記念撮影した優勝馬がアンローズでした。アンローズは牡馬が優勢なばんえい競馬にあって、牝馬で史上初の重賞『岩見沢記念』を3連覇した馬です。当時のアイドルホースの優勝に立ち会えたことで、本格的にばんえい競馬ファンになりました。また、その馬の騎手が、現在所属している松井浩文現調教師でした。

ばんえい競馬で働くきっかけを作ってくれたのは私の友人です。友人が、松井調教師の父の松井浩元調教師(以下、大先生・おおせんせい)が運営する旭川市のばん馬たちの牧場に、電話で「見学させてほしい」とお願いし、一緒に訪ねました。訪ねた際に、大先生より「ばんえい競馬の騎手にならないか?」と誘われ、2005年にこの世界に入ることになったんです。

3か月間牧場で研修を受けました。その後、松井調教師が騎手を引退し、ばんえい競馬で厩舎を開業されることになったので、そこで厩務員として働くことになりました。

フクイズミが教えてくれた「厩務員にとって最も大切なこと」

フクイズミ 出典: ばんえい十勝

北海道LikersライターKawahara:研修中のばん馬の牧場で、印象深い出来事はありましたか?

佐々木さん:実は、牧場で休養していたフクイズミを一度逃がしてしまうという大失態を犯したことがあります。

研修3日目、大先生より厩舎にいた当時4歳のフクイズミを放牧地へ連れて行くように指示があり、厩舎から出したところ、あっという間に私の手を離れ、牧場の外の道路まで走り去ってしまいました。人間が総出で何とか無事につかまえることができましたが、あわや大事故につながる絶対にやってはいけないミスでした。

フクイズミはその後、牝馬ながら牡馬相手に重賞を多数優勝し、2012年にはばんえい競馬の最強馬を決める『ばんえい記念』でも2着と大活躍しました。今思い返してもゾッとするミスです。

そのときに大先生と現調教師から教えられた「馬は人間のことをよく見ているんだぞ。初心者で不安な気持ちでいると、馬にすぐ伝わって、おかしなことになってしまうんだぞ」という言葉を常に肝に銘じて、馬に接する際は細心の注意を払っています。

インビクタの世話をする佐々木さん 出典: ばんえい十勝

北海道LikersライターKawahara:オープンで活躍中のインビクタ号はどんな馬ですか?

佐々木さん:とても健康な馬ですね。大きな馬体、それを支える四本の脚や蹄など、全体的に形とバランスがよく、無駄な負荷がかかりづらいことが要因だと思います。

ばんえい競馬で強くなるには、人間の長距離ランナーのように、力強さに加え持久力が要求されます。しかし、インビクタは生まれ持って瞬発力の速い筋肉(速筋)が豊富な短距離ランナータイプでした。そのため、インビクタに持久力をつけるべく、心肺機能を強化するため、有酸素運動の訓練を重点的に行いました。

レース中のインビクタ 出典: ばんえい十勝

北海道LikersライターKawahara:トレーニングの後はどんなケアをされていますか?

佐々木さん:スポーツ選手と同じように、獣医さんに電気針を打ってもらっています。筋肉疲労で硬くなり伸縮ができなくなったときに、関節や腱、蹄には余計な負荷がかかってしまうんです。早めに気づいて治してあげられるように細心の注意を払っています。

電気針のおかげで、筋肉がどのくらい疲れているのかを可視化できるようになりました。私は学生時代、長距離ランナーとして鍛錬を積んでいたので、その経験をばん馬たちに活かしていけたらと思っています。

*オープン・・・競馬の階級の最上位クラス

ばんえい競馬のさまざまなシーンを楽しんでもらいたい

髪飾りをつけたフクイズミ 出典: ばんえい十勝

北海道LikersライターKawahara:ばんえい競馬の厩務員になってよかったなと思うことはなんでしょうか。

佐々木さん:ばんえい競馬を観ているお客さんが喜んでくれることが一番嬉しいです。競馬で一番大事なのは、やはりファンの存在だと思っています。私が競馬ファンだったころに嬉しかったことを、厩務員になった今はお返ししていきたいです。

フクイズミが現役だった2000年代後半、ばんえい競馬は潰れるか潰れないか、本当に大変な時期でした。競馬がなくなってしまえば、ばん馬たちは行き場を失うし、従事した人間も次の仕事を探さなければいけない。そういう厳しい時代だったからこそ、「少しでも明るい話題を競馬ファンのみなさんに届けたい」と、当時人気も強さも兼ね備えた牝馬のフクイズミがレースに出走する際は、うんとおしゃれをさせました。

ばん馬で髪飾りをつけてレースに出走したのは、きっとフクイズミが最初だと思います(笑) 人間が好きな馬だったので、レース前のパドックでは、よくお客さんの方を見ながら歩いているような、そんなかわいい馬でした。実は、フクイズミのファンだった女性が私の奥さんなんです。フクイズミにつける髪飾りをもらったことが縁でした。

北海道LikersライターKawahara:それは素敵なエピソードですね! インビクタ号について特別な思い出はありますか?

佐々木さん:インビクタは、レッドダイヤ、ブルーオーシャン、アルジャンノオーなどを含め大変お世話になった馬主さんの形見の馬でとくに思い入れが大きいです。何とか無事に種牡馬として引退するまで世話をしていくことが至上の任務だと思っています。

インビクタのグッズ 出典: ばんえい十勝

佐々木さん:また、自分が世話をしてきたインビクタのグッズが販売されたことですね。嬉しくて、思わず自分でたくさん買って知人に配っています(笑) あのやんちゃ坊主だったインビクタが認めてもらえる馬に成長してくれて、本当に嬉しいです。

北海道LikersライターKawahara:最後に、ばんえい競馬の仕事に興味がある方へメッセージをお願いします。

佐々木さん: まずは、「帯広競馬場」へばんえい競馬を観に来てほしいです。現場ではときに厳しい言葉が飛び交うこともありますが、やはり動物を扱う仕事ですので、危険を伴う可能性もあり、それを未然に防ぐためだからです。

若い人たちや女性の厩務員さんも増え、新しく挑戦したい人が入りやすい環境に変わってきていると思います。興味がある人は、ぜひ気軽に門をたたいてみてくださいね。

 

ーーーここでは書ききれないほど、ばんえい競馬の面白いエピソードや熱い想いを語ってくださった佐々木さん。根底に流れるのは、すべてのものへの深い愛情だと感じました。現在活躍中のインビクタ号も、いつもきれいにたてがみを飾られ、レースに挑んでいます。佐々木さんの愛馬精神、そしてサービス精神にぜひご注目くださいね。

連載「ばんえい競馬ではたらく人」では、ばんえい競馬を支える仕事に就くさまざまな人の魅力に迫ります。お仕事と記事の一覧はこちらから。

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