「母の影響で馬の虜になった」神戸からやってきて奮闘中!ばん馬の新人獣医師・柴田さんが描く未来

2023.10.07

世界で唯一、帯広市だけで行われている“ばんえい競馬”。体重がおよそ1トンもある大きなばん馬たちが、騎手をのせた重いソリを曳きながら、2つの大きな障害がある直線200mのコースを進み、その力強さや持久力を競い合うとてもパワフルな競馬です。

砂塵を立てながら曳き進む強靭な馬体、ばん馬たちの圧倒的な存在感、そして共に生活をする人間たちとの信頼関係の深さ。明治の開拓時代の面影を残す北海道遺産として、今も文化が継承されています。

今回お話を伺ったのは、ばんえい競馬獣医師*の柴田真琴さん。ばん馬の獣医師として働くやりがい、そしてばん馬たちへの想いを語っていただきました。

柴田真琴(しばた・まこと)。1999年生まれ、兵庫県神戸市出身。帯広畜産大学卒業後、2023年4月より獣医師として「帯広競馬場」内の「アテナ統合獣医ケア」でばん馬の医療に取り組んでいる。

*獣医師・・・農林水産省が認可する国家資格。犬や猫などのペットや、牛や馬など大動物の診療、家畜保健衛生所や空港の動物検疫所など、動物に関するさまざまな施設に従事し、全国の競馬場にも競走馬の診療を担当する獣医師がいる。獣医師の受験資格は大学の獣医学部を卒業する者のみが得られるが、現在、獣医学部がある大学は全国で17校のみ。学生の募集人数も1,000人余りと大変少なく、難関の資格(免許)として知られている。

 

「動物に関わる仕事をしたい!」幼いころからの夢を叶えるために努力の日々

柴田様1

取材はオンラインで行いました。 出典: 北海道Likers

北海道LikersライターKawahara:ばんえい競馬で獣医として働くことになったいきさつを教えてください。獣医師になりたいと思ったきっかけはどんなことでしたか?

柴田さん:子どものころ、母が動物園などでたくさんの動物を見る機会をくれたことがきっかけで、物心がついたときから動物が好きだったという記憶があります。馬との出会いは小学生のころです。乗馬のレッスンで馬とふれあい、その魅力に虜となり「大人になったら動物に関わる仕事をしたい」と思うようになりました。

獣医師を仕事として意識し始めたのは高校生のときです。所属していた馬術部が練習などでお世話になっていた乗馬クラブで、初めて“馬を専門に診察する獣医師さん”に出会い、診察する姿を見て、「私も馬の獣医さんになりたい!」と思いました。

柴田さんの大学時代の写真 提供:柴田真琴さん

北海道LikersライターKawahara:柴田さんは兵庫に住んでいらっしゃいましたが、なぜ北海道の大学を選んだのですが?

柴田さん:獣医学部のある大学のなかで、馬や牛などの大動物を扱う実習が充実しているのは北海道の大学であることを知り、帯広畜産大学を目指しました。

帯広畜産大学畜産学部獣医学ユニットは、毎年40名の入学生がいます。教育の特徴として、北海道大学獣医学部との『共同獣医学課程』があり、両大学それぞれの講義を受けることができました。北海道大学の学生たちとの合同演習や実習などもありました。

北海道LikersライターKawahara:就職先にばんえい競馬の獣医師を選んだ理由はなんですか?

柴田さん:「馬を専門とする獣医になりたい」と就職活動をするなかで、全国のさまざまな馬の獣医さんのところへ行き、研修を受けました。

また、大学の研究室で、ばん馬たちを生産する牧場にいる繁殖牝馬*たちの検診をする仕事をしていたこともあり、ばん馬に接する機会が多くあったんです。訪問した生産牧場の方々が、「うちの牧場から生まれた馬が、ばんえい競馬で活躍しているんだよ!」などと嬉しそうにお話しされる姿に魅力を感じ、「帯広競馬場」でばん馬の獣医になることを決めました。

*繁殖牝馬・・・将来競走馬となる仔馬を産むために牧場で生活しているメス馬のこと。競走馬の生産牧場にとって経営の根幹となる大事な馬である。

ばん馬特有の疾病に立ち向かう

診療所の外観 出典: ばんえい十勝

北海道LikersライターKawahara:ばんえい競馬の獣医のお仕事を教えてください。

柴田さん:ばんえい競馬の競走馬であるばん馬たちは、1年中「帯広競馬場」の厩舎地区で生活をしています。競馬で活躍するアスリートとしてだけでなく、オフの生活をしているなかで起きる病気もありますので、獣医は人間にとっての“かかりつけ医”のような存在ですね。

電気鍼を使っている様子 提供:柴田真琴さん

柴田さん:ばん馬たちの疾病で一番多いのは蹄(ひづめ)に関するものです。馬は重い胴体を4本の脚で支えているので、脚と蹄への負担が大きくなります。また重いソリを曳くので、脚の踏み込みに相当な力が入るんです。治療は、レースでベストパフォーマンスができるように、電気鍼での治療を取り入れています。注射や点滴で使用する針とは違って、刺すときにほとんど痛みはありません。

生活をしているなかで多いのは腸の病気です。馬の体は腸が長く、吐き戻しができない特徴があるので、疝痛(せんつう、腹痛)を起こしてしまうと生命の危機に陥ります。手術を施すこともありますよ。

北海道LikersライターKawahara:1日にどのくらい馬の診療をされるのですか?

柴田さん:1日45頭前後です。今までで一番忙しかったのは7月末~8月ごろで、1日90頭という日もありました。猛暑が続き、平熱が人間より高いばん馬たちの体調管理が大変な時期でした。

北海道LikersライターKawahara:ばん馬たちは治療を受けるとき、どんな反応をするのでしょうか。

柴田さん:診療所に慣れているばん馬たちは、とくに問題なく治療を受けてくれますが、デビュー前の若い馬が初めて診療所に入るときは、「ここは何をするところ!?」と驚いて診療所前で立ち止まってしまうこともあります。それはそれでかわいいです(笑)  そんな若駒たちも、そのうち慣れてくれます。

獣医師としてたくさん経験を積み、ばん馬たちの健康に活かしたい

北海道LikersライターKawahara:ばんえい競馬の獣医となって良かったと思うことはなんですか?

柴田さん:調教師さんや厩務員さんとの関係が深く、診療した馬が1着をとったときに「頭とったよ!」などと声をかけてもらえると、とても嬉しくなります。

北海道LikersライターKawahara:反対に、大変だと感じることはなんでしょうか。

柴田さん:重種馬であるばん馬たちがレースを行うばんえい競馬が行われているのは、世界で唯一「帯広競馬場」だけです。軽種馬のサラブレッドと比較すると、圧倒的に症例数が少ないことが特徴であり、大変なことだと思います。長年獣医をされている上司の福本奈津子先生でさえ、いまだに初めて見る症例があるとおっしゃるほどです。

 

馬の診療中 出典: ばんえい十勝

北海道LikersライターKawahara:獣医として勤めて半年のなかで、印象に残っている出来事はありますか?

柴田さん:獣医は命を救う仕事なので、厳しい局面と向き合うことが求められます。救うことができなかった命があると、「もっとできることはなかったのか」と思い悩むこともしばしばです。馬たちが命をかけて教えてくれたことを無駄にせず、次に活かしていかなければならないと日々考えています。

北海道LikersライターKawahara:柴田さんは、これからどんな獣医さんになっていきたいですか?

柴田さん:今は初めて見るものばかりですし、日々精進ですが、いずれはばん馬を管理する調教師さんや厩舎のみなさんに「柴田先生なら任せても大丈夫」と思ってもらえるような獣医になりたいし、ならないといけないと思っています。

北海道LikersライターKawahara:獣医の世界に最初に導いてくださったお母さんは何とおっしゃっていますか?

柴田さん:私が馬を好きなことを一番理解してくれていますので、「ようやく馬の獣医になれて良かった」と言ってくれています。「今日もかわいい馬がいたよ!」とたくさん写真を送って報告しています(笑)

北海道LikersライターKawahara:最後に、ばんえい競馬で働いてみたい方へメッセージをお願いします。

柴田さん:馬の獣医の職場は、牧場や競馬場など多岐に渡ります。なかでも、「帯広競馬場」は馬たちがレースに出走するだけでなく生活の場でもあるので、多くの症例を見ることができ、とても勉強になると思います。

獣医の仕事は体力勝負の部分もあり、大変に感じることもあります。しかし、なにせ大好きな馬たちが周りにずっといるので、毎日が楽しく、我ながらいい職場を選んだと思っています(笑) 帯広は過ごしやすく、生活がしやすい点もおすすめです。馬が好きな人にとっては、とても幸せな場所だと思います。

 

ーーー「すべては馬たちのために」。故郷の神戸を離れ、幼いころからの夢を叶えた柴田さん。大きな決断や、たくさんの努力を積み重ねて来られた姿に感銘を受けました。柴田さんがこれから獣医師として経験を重ねることが、北海道遺産であるばん馬たちの文化を守ることに繋がっていくことでしょう。応援しています!

連載「ばんえい競馬ではたらく人」では、ばんえい競馬を支える仕事に就くさまざまな人の魅力に迫ります。お仕事と記事の一覧はこちらから。

【画像】ばんえい十勝、柴田真琴さん

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