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「馬の健康寿命を延ばしたい」帯広畜産大学・武山暁子助教のひたむきな想い

2023.03.22

世界で唯一、北海道帯広市だけで開催されているばんえい競馬。1トン前後の大きな体で迫力あるレースを繰り広げるばん馬たちですが、当然怪我や病気に悩まされることもあります。

今回お話を伺ったのは、ばん馬を含めた馬の診療を行っている、帯広畜産大学の武山暁子助教。世界でも珍しいばん馬の獣医療や、獣医師兼大学教員という仕事について語っていただきました。

武山暁子(たけやま・あきこ)。1991年生まれ、宮城県仙台市出身。帯広畜産大学を卒業後、岐阜大学大学院を修了。2021年5月から、母校の帯広畜産大学に助教として着任。

2011年の春、さまざまな想いを胸に仙台から帯広へ

北海道Likersライター早羽太:獣医師を志したきっかけは何ですか?

武山先生:幼いころに岩手県の「小岩井農場」で牛に出会い、大きくて可愛い牛の獣医師になりたいと思ったのがきっかけです。2011年の3月に帯広畜産大学から合格通知をいただいたのですが、その直後に東日本大震災に被災しました。1週間ほど電気が無かったので連絡が取れず、送った書類も流されてしまったのですが、何とか入学を認めてもらいました。

被災直後に実家を離れることへの不安から進学しないことも考えましたが、両親が背中を押してくれたこともあり、大学進学を決めて帯広に来ました。

武山先生学生時代

大学院1年生のころの武山先生 画像提供:武山暁子先生

北海道Likersライター早羽太:馬に携わるようになった経緯を教えてください。

武山先生:大学4年生のときに馬の繁殖の研究室に配属になり、馬に携わるようになりました。初めてばんえい競馬を観たときは迫力に圧倒されて少し怖かったのですが、実際に間近でばん馬に触れてみると可愛くて……。生産牧場で見たばん馬の眼に引き込まれて、「私はこの道に進むんだな」と感じたのを覚えています。

実は学位論文の内容は牛だったのですが、社会人大学院生のようなかたちで帯広畜産大学に勤めている間に馬に携わることを決めました。日本では馬の臨床現場に立つ研究者が非常に少ないので、誰かがやらなければいけない、という使命感もあったような気がします。

二足の草鞋を履く生活

CT武山先生

大動物用の大きなCT装置 出典: 北海道Likers

北海道Likersライター早羽太:普段の仕事内容を教えてください。

武山先生:特任教授の田上正明先生がいらっしゃる毎週木・金曜日の2日間に精密検査や手術を予定して、主に麻酔を担当しながら学生と一緒に勉強させてもらっています。

ほかにも帯広畜産大学は24時間365日急患を受け入れていますし、曜日に関わらず依頼があれば近隣牧場や競馬場に往診します。入院馬がいれば休みなく入院管理が必要で、ばん馬の点滴はサラブレッドの半分の時間で無くなるのでゆっくり寝られないこともあります。仕事はすべて馬次第という感じです。

CT馬

サラブレッドにCT検査を実施している様子 画像提供:武山暁子先生

北海道Likersライター早羽太:獣医師かつ大学教員という今の仕事の、大変な部分、面白い部分を教えてください。

武山先生:1年間を通して毎日同じスケジュールで動くことができないので、バランスを取るのが大変です。診療が忙しい時期には診療だけで1日が終わることもありますし、そうでない時期には論文の執筆や担当の講義など、優先事項が日によって変わります。

例えば、今は馬のお産シーズンが始まったところですが、大学としては入試関係や、卒業・入学の時期です。これらすべてをこなすのは物理的に無理なこともあります。寝なければできるのかもしれないですけど(笑)。

CT

サラブレッドにCT検査を実施している様子 画像提供:武山暁子先生

獣医療だけに時間を割けないことをもどかしく感じることもありますが、学生と一緒に勉強しながら一つの症例を深く長く診られることは、大学特有の面白さです。また、大学は研究としていろいろな検査を行うこともできます。例えば、現在日本で実用的に馬のCT検査を実施しているのは帯広畜産大学だけと聞いています。

大学に所属しているといろいろな発見を発表する機会にも恵まれているので、現場の獣医師に向けて情報発信ができます。それが結果的に多くの馬の健康に寄与できるのが面白い部分です。

サラブレッドとは違う、ばん馬を診る難しさ

ばん馬用気管チューブ

ばん馬の麻酔中に使う気管チューブ。160cmの武山先生と比べると、その大きさが分かる 出典: 北海道Likers

武山先生:例えば2億円のサラブレッドと500万円のばん馬に同じ治療ができるかというと、現実的には難しいです。ばん馬の研究はあまり進んでいないのでサラブレッドに対して使われる治療法を応用することが多いのですが、サラブレッドが陸上選手でばん馬がお相撲さんだと考えれば、疑われる病気や適切な治療法が違うのも当然です。

具体的に何が違うのか、何を変えればよいのか、残された多くの課題を解決していく中で、ばん馬に対しても安全かつ高度な獣医療を提供できる日が来ると思います。今はデータが少なく助けることが難しい場合でも、可能性は決して0ではありません。報われないこともありますが、諦めずに挑戦し続けることが大切だと思っています。

獣医師として、大学教員として、描く夢

武山先生とばん馬

症状が快復した入院馬とともに 出典: 北海道Likers

北海道Likersライター早羽太:武山先生の夢を教えてください。

武山先生:馬の“健康寿命”を延ばすことです。馬はあくまでも経済動物で、その価値が失われると生きていくことが難しい動物です。競馬、乗馬、お肉、どんな目的でもその価値を失わないという意味で、健康寿命を全うできる馬を増やしたいと思っています。

今まで2年間助教として学生と関わってきて、学生には少しでも馬の知識を持って卒業してほしいと感じるようになりました。帯広畜産大学は馬に触れる機会が日本で一番多い大学だと思いますし、ここからしか輩出できない学生がいると思います。馬の知識を持った学生が増えて、その学生と出会った馬が幸せになってくれることを願っています。

あとは馬に限らず女の子たちには頑張ってほしいですね。獣医学生は女性の方が多いですし、最近は大動物の現場で活躍する女性獣医師も増えてきました。同じ女性として頑張る皆さんを応援しています。

 

ーーー目の前の1頭だけでなく、日本中の、世界中の馬のためにも研究の道を選んだ武山先生。インタビュー中に語っていただいた馬への想いに、日ごろお世話になっている筆者も感化されました。この記事を通して、少しでも馬の獣医療について知っていただけたら嬉しいです。

連載「ばんえい競馬ではたらく人」では、ばんえい競馬を支える仕事に就くさまざまな人の魅力に迫ります。連載記事一覧はこちらから。

【画像】武山暁子先生

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