「人生をかけてやるべき仕事」ベテラン厩務員高橋さんが見つめるばん馬の世界
十勝を代表する観光スポットとしても有名な、帯広市の“ばんえい競馬”。体重が1トン余りあるとても大きな馬たちが重いソリを曳き、「障害」と呼ばれる2つの大きな坂を乗り越え、最初にソリの最後部までゴールに到達した馬が勝利馬となります。
ばんえい競馬で活躍するばん馬たちの住まい(厩舎)は、競馬場に隣接した場所にあります。ばん馬一頭一頭に担当の厩務員がいて、毎日の食事や馬たちの手入れ、馬房掃除、競馬に出走するため体力をつける調教などを行っています。厩務員のみなさんは、ばん馬たちの住む厩舎のすぐそばに住み1年中生活を共にしています。
今回お話を伺ったのはばんえい競馬厩務員の高橋広道さん。常にリーディングトレーナー争いの中心にいる調教師・松井浩文厩舎の所属です。高橋さんに厩務員のお仕事やばんえい競馬への思いについて語っていただきました。
高橋広道(たかはし・ひろみち)。1979年生まれ、旭川市出身。1997年より厩務員としてばんえい競馬に携わっている。担当馬はホクセイウンカイ、マツカゼウンカイ、コウシュハキング、リアンドノールなど。
一頭一頭に個性がある馬をどう育てていくか
北海道LikersライターKawahara:ばんえい競馬の厩務員になられたいきさつを教えてください。
高橋さん:少年時代サラブレッドの競馬に興味があり、「高校を卒業したらサラブレッドの牧場に就職したい」と考えていましたが、縁があったのはばんえい競馬の世界でした。私の父が松井浩(元)調教師の弟さんと知り合いだったご縁から紹介を受け、「馬の種類は違うけれど、競馬の世界に興味があるからやってみよう」ということで厩務員となりました。松井浩調教師引退後は松井浩文調教師のもとで厩務員を続けています。
北海道LikersライターKawahara:厩務員のお仕事について教えてください。
高橋さん:厩務員と一口に言っても、馬の手入れ、調教、馬房掃除、餌やり、レース出走の準備やレース中の対応など、やることはいくらでもあります(笑)
北海道LikersライターKawahara:ばん馬たちの調教はどのように行っているのですか?
高橋さん:厩舎に入って来たばかりの若い馬たちは慣れない場所で緊張しているので、注意しながら接しています。特に何にでも驚くような馬は腫れ物に触るくらい丁寧にと心がけています。デビュー前の若い馬たちにはまず“後ろにそりをつけることに慣らす”ところから始めます。
初めにソリの道具の一部を付ける、慣れてきたらソリは付けずに人が後ろから馬に付けた手綱で操縦できるようにしていく。さらにそれに慣れたら初めてソリを付けるという流れです。
ばんえい競馬のレースに出走する馬たちは必ず後ろにソリを付けていますが、最初はほとんどが驚いて暴れます。馬にとっては「何をされるかわからない」という状況だと思うので、それぞれの馬の様子に合わせてじっくり時間をかけて慣らしていくという作業が重要になってきます。
北海道LikersライターKawahara:ソリを付けられるようになるまでどのくらいかかるのですか?
高橋さん:馬によって慣れるまでの時間は全く違いますね。平均して3日間くらいだと思います。意外と早く受け入れる馬もいれば、慣れない馬はしばらくかかります。
昔は人がソリに乗ってやっていましたが人の怪我が多かったので、今はショベルを少し細工して馬をひっぱれるような形にしたものを曳かせています。そこに慣れてから初めて人が乗ったソリを曳くようになります。
北海道LikersライターKawahara:現役の馬たちはどのように管理しているのですか?
高橋さん:現役のばん馬たちは普段の生活や調教など毎日のことですっかり慣れているので、特にこちらが神経質になって接することはほとんどありません。多くのレースに出走しているような馬は、緊張状態が続くと体に良くないので、日々の調教をやや抑えめに行ったりしながら体力の調整をしています。
名馬から得た感触を次の馬の成長につなげていく
北海道LikersライターKawahara:担当されているホクセイウンカイやマツカゼウンカイは普段どんな感じなのでしょう?
高橋さん:ホクセイウンカイは根からまじめな性格に見えます。マツカゼウンカイは普段はとてもおっとりした感じでオンとオフの使い分けができているように見えますね。
北海道LikersライターKawahara:松井浩文厩舎の雰囲気を教えてください。
高橋さん:厩務員は8名、最年少は16歳です。彼は騎手を目指していて、現役で通信制の高校に通いながら仕事を続けています。そのほかに馬房掃除のアルバイトに来てくれる人が2人です。厩務員の指導をする際は、怒ってばかりでもダメだし、褒めてばかりでも伸びなくなるから、“ころ合いを見てバランスよく”を心がけています(笑)
北海道LikersライターKawahara:松井浩文調教師は普段どのようなご様子ですか?
高橋さん:松井調教師が騎手だったときからばん馬の“馬体重の管理”については厳しく指導されてきました。その教えは今も活きていると思います。そのころや2005年の開業当初と比べると今はすっかり丸くなったように思います(笑)
厩舎で一緒にレースを見るときは、元騎手ならではの視点で説明してもらえるので、騎手の仕掛け方や馬の呼吸の整え方の話など勉強になります。
北海道LikersライターKawahara:厩務員をしていて大変だと思うことはありますか?
高橋さん:馬の世話をしているだけではなく、大事な競走馬を扱う仕事なので毎日大変だと思っていますよ(笑) 馬にとってベストな体調を作り維持していく仕事、長く現役を続けていくために少しの異変でも感じ取っていかなければならない仕事だと思っています。
北海道LikersライターKawahara:逆にばんえい競馬の厩務員で良かったと感じたことは何でしたか?
高橋さん:担当していたトモエパワーが「ばんえい記念」を3連覇したことです。
重いソリを曳くのがとにかく上手な馬でした。大きな障害を登るとき、騎手がしっかり仕掛けてアクセルを入れていく感じなのですが、トモエパワーはちょっと仕掛けただけですーっと登っていって、無駄な動きがありませんでした。ソリを曳くための腰の入れ方から、スムーズに曳き続ける力など、ほかの馬にはないものがあり、本当に特別な馬でした。
トモエパワーの調教から感じ取ることができた、馬へのアプローチの仕方や調教の感覚的な部分などが、今にも活かされていると思います。
何かのプロになりたい人は「ばんえい競馬の騎手」という道もある!
北海道LikersライターKawahara:ばんえい競馬の仕事に興味のある方へメッセージをお願いします。
高橋さん:とにかく日々忙しいので覚悟してきてください(笑) でも大変だと感じたことが吹き飛んでいくほどの感動や喜びもここにはあります。
また、サラブレッドの騎手やほかのスポーツでプロを目指して挫折した人は、体重制限もそれほど厳しくなく、帯広競馬場で1年間厩務員として経験を積めば受験できるばんえい競馬の騎手を目指してみたら面白いのではないかと思います。
北海道LikersライターKawahara:ばんえい競馬のファンの方へメッセージをお願いします。
高橋さん:インターネットで馬券が買えるようになって久しいですが、帯広競馬場へ来なくても競馬を観てもらえ馬券を買ってもらえるのは凄いことで、仕事の励みにもなります。これからもばんえい競馬よろしくお願いします。
ーーーレースに出走するばん馬たち一頭一頭にたくさんの人が関わっていること、そしてばん馬を競走馬として育てていくという仕事は非常に奥深く、そして感動的であることがわかりました。長年に渡りたくさんのばん馬たちを管理してきた高橋さんならではの、貴重なインタビューとなりました。
連載「ばんえい競馬ではたらく人」では、ばんえい競馬を支える仕事に就くさまざまな人の魅力に迫ります。連載記事一覧はこちらから。
Sponsored by 楽天競馬