「夢とロマンがある」1億円馬アサギリの生産者・宝田浩二が語る、十勝の馬産地としての歴史とこれから
北海道帯広市に唯一開催されているばんえい競馬。そこで活躍するばん馬たちは、どのような方たちによって産み育てられているのでしょうか。
馬産地としての十勝の歴史からばんえい競馬への想い、今後の展望まで、オーナーブリーダー(生産者兼馬主)である、宝田浩二さんにお話を伺いました。
宝田浩二(たからだ・こうじ)。1960年生まれ。豊頃町出身。豊頃町十弗で「闘将牧場」を運営する。ばんえい競馬馬主。北海道輓用馬振興対策協議会監事、十勝馬事振興会副会長、ばんえい十勝オーナーズクラブ常任理事を務める。
生存競争の時代、1億円馬アサギリ号の活躍
北海道Likersライターきくち真一:まず宝田さんの所有する牧場について教えてください。
宝田さん:十勝管内豊頃町の十弗(とおふつ)で、「闘将(とうしょう)牧場」を営んでいます。先代である父が10頭の馬の飼育から始め、1980年に私が継ぎました。現在は馬の生産の他、牧草と麦稈(ばっかん)*1を販売しています。
1986年には、馬主の資格を取りました。ちょうどその頃にアサギリ号*2が産まれまして、後にばんえい競馬では数えるほどしかいない賞金1億円達成馬*3になってくれました。現役馬ですと、タカラプレシャス号、コマサンミノル号、そしてアオノゴッド号がいます。
北海道Likersライターきくち真一:賞金1億円はすごいですね! アサギリ号の活躍していた昭和から平成にかけては、ばんえい競馬はどのような時代でしたか?
宝田さん:全体の能力検査受験頭数が約1,200頭いて、そのうち合格するのが約220~230頭。つまり4分の1ほどしか合格できなかったですね。しかも牧場では、もし10頭種付けをしたらそのうち受胎(妊娠)するのが7~8頭。さらにそこから産まれて成長してくれるのが5頭ぐらいという、まさに生存競争の時代でした*4。
*1 麦稈・・・むぎわらのこと。
*2 アサギリ号・・・1987年デビュー、牡馬。主な重賞に1991・1992・1994年北見記念、1993・1994年ばんえいグランプリなど。
*3 賞金1億円達成馬・・・通算獲得賞金 102,512,000 円。ばんえい競馬で賞金1億円を達成したのは2022年2月時点で7頭しかいない。
*4・・・令和3年度の第1回能力検査合格率は、申込み179頭中合格112頭、合格率64%。
道内有数の馬産地として
北海道Likersライターきくち真一:十勝はどのように馬産地として栄えたのでしょうか。
宝田さん:ばんえい競馬を開催している帯広市は、今年(2022年)に開拓が始まって140年を迎えます。
私が牧場を営む豊頃町は、十勝川が太平洋に流れ込むところを抱える土地で、十勝地区発祥の地として知られています。最近だと冬に海岸へ打ち上げられた氷が太陽の光で輝く「ジュエリーアイス」で有名になったところです。
明治時代に豊頃町大津地区が船着き場として栄え、漁船を海から引き上げるために多くの馬が飼われるようになったのが始まりです。豊頃町はじめ十勝を道内有数の馬産地にしたのは、鉄鯉(てつり)号やタカラコマ号でした。どの馬も、イレネー号とともに知られる、現在まで続く名血統です。
スターホースと地域の声でばんえい競馬を盛り上げたい
北海道Likersライターきくち真一:宝田さんは馬主兼生産者=オーナーブリーダーとして長年活躍されています。活動を続けてこられた理由を教えてください。
宝田さん:私が続けているのは、お金(賞金)ではなく“夢とロマン”それだけですね。
北海道Likersライターきくち真一:夢とロマン!
宝田さん:はい(笑) 馬産者の仕事は馬たちの血統を残すことにもありますが、公営競技である競馬に携わる以上、スターホースを生産することが一番の目標です。
この業界は後継者不足・技術の継承・世代交代ができないなど、数々の問題を抱えています。今や、1億円馬の生産者は私とキンタロー号を生産した『粂川牧場』だけになりました。スターホースがいれば、まず初心者や観光客を呼び込む力となります。そして、そこに夢を求めて集まってくる厩務員、騎手、生産者、馬主が出てくるわけです。そうすることによって、馬産自体が再び賑わうのではと考えています。
北海道Likersライターきくち真一:中山直樹騎手は会社員から、林康文騎手は漁師から騎手に転身した、まさに馬の魅力に惹かれてばんえい競馬の世界に来てくれた人ですね。
宝田さん:そうですね。騎手を目指す厩務員の方の中にも、本州出身でばんえい競馬を見て、ばん馬の魅力に惹かれてこの世界に入ってくれたという話はよく聞きます。
北海道Likersライターきくち真一:ばんえい競馬の世代交代や後継者の育成に必要なものは何でしょうか?
宝田さん:ひとつには、新しい客層をどんどん取り込むことです。スターホースの話もそうですが、現在は観光客の方を中心に若い方がとても増えました。昭和の時代では考えられないぐらいに。こういった方たちが、ファン、ファンから生産・育成・調教に携わる人になっていただけたらいいなと思っています。
北海道Likersライターきくち真一:漫画『北斗の拳』やインターネット配信『ニコニコ生放送』、最近ですと帯広を舞台にした漫画『銀の匙 -Silber Spoon-』などの影響も大きいのかもしれませんね。
宝田さん:そういった大きなメディアの力もそうですが、私は地元市民からの発信というのも大切だと思います。ちょうどあなたたち(『北海道Likers』ライター)のような人たちが(笑)
北海道Likersライターきくち真一:責任重大ですね!(笑)
宝田さん:私はそういった新しい目線を持った方たちのご意見を、どんどん吸い上げて、馬産やばんえい競馬の環境に役立てたいと考えています。ぜひ、みなさんのご意見を聞かせていただきたいです。
―――「“夢とロマン”が大切」と語る宝田さんの言葉は、力がこもっていました。明治時代から続くばん馬生産の継承のために、私たちも何か役に立てたら……と思います。
現在は新型コロナウイルス感染予防とともに、馬パラチフス*5という病原菌の感染予防もあるため、くれぐれも牧場には無断で立ち入らないようにしてください。許可を得て入場しても、牧場から他の牧場へと移動しないようにしましょう。
*5 馬パラチフス・・・サルモネラ・アボルタスエクイというサルモネラの一種で、妊娠馬に流産や子馬の関節炎を起こす疾病
【参考】
※ 一億円達成馬 / ばんえい競馬馬主協会HP
※ 令和3年度第1回能力検定結果 / ばんえい十勝HP
※ 馬パラチフスとは / 北海道十勝家畜保健衛生所
【画像】ばんえい十勝