「森の生活」代表理事・麻生翼。北海道の森林を生かしたコミュニティづくりとは
みなさんにとって森林はどういった存在でしょうか。恐らく日常的に森林と関わっている方はそう多くないでしょう。ところがみなさんの周りには森林から生まれたモノがたくさんあります。あなたが今座っている椅子が木製なら、きっとどこかの森林からやってきたはずです。
今回は下川町で森林を軸に活躍するNPO法人『森の生活』代表の麻生翼さんに、下川町の森林や人にフォーカスしてお話を伺いました。
麻生翼(あそう・つばさ)。1984年生まれ。愛知県出身。北海道大学農学部で森林科学を学び本州の農業系企業に就職。2010年に下川町へ移住し、2013年からは森林を活かし、持続可能な地域づくりに貢献するNPO法人『森の生活』代表理事を務める。
森林と仲良くなりたい
北海道Likersライターsorakaze:大学時代は北海道で森林について学んでいたそうですが、そもそも森林に興味を持ったきっかけを教えてください。
麻生さん:もともと小さい頃から自然が好きでした。さまざまな生物の多様性や調和の象徴が“森林”だと感じ、より深く知りたい、森林と仲良くなりたいと思っていたんです。
在学中はフィールドワークで森林に訪れる機会が多く、1週間近く大学の研究林で合宿生活するような授業もありました。
北海道Likersライターsorakaze:下川町とつながりができたのも学生時代からでしょうか。
麻生さん:大学3年生だった2006年、当時は森林療法に興味があったのですが、大学院生の先輩に「下川町が森林療法を始めようとしているから話を聞きに行こう」と誘われて訪れたのが最初です。
そのとき話を聞いたのが『森の生活』を立ち上げた奈須さんだったんです。そこから、何度か『森の生活』の活動をお手伝いするなどしました。
北海道Likersライターsorakaze:その後2010年に下川町へ移住されていますが、そのきっかけや決め手は何だったのでしょうか。
麻生さん:大学時代に農山村地域を訪れるなかで、衰退しつつある農村を何とかできないかと思いながら、京都にある農業系企業に就職しました。いつかは田舎に住んで地域の持続可能性を高める活動をライフワークにしようと思っていた矢先、縁あって根室のグリーンツーリズム関係に従事することとなり、会社を2年で辞めて根室に移住しました。
根室では1年活動し、新天地を求めていたところ当時『森の生活』の代表を務めていた奈須さんに「森林環境教育事業のメンバーを募集している」と声をかけていただき、下川町に移住することとなりました。
盛り上げる=楽しく持続していく
北海道Likersライターsorakaze:『森の生活』では森林を軸とした活動をされていますが、そのなかで一番わくわくする瞬間を教えてください。
麻生さん:新しい取り組み、例えばはじめて広葉樹の製材をして流通に乗せたとき、修学旅行や企業研修の受け入れ事業などがうまくいったときはわくわくしますね。多様な人が自然と一緒になってわいわい楽しそうに盛り上がっている瞬間が好きなんです。
北海道Likersライターsorakaze:そんな活動の根底には地域を盛り上げたいという想いがあるのでしょうか。
麻生さん:地域を盛り上げるというと右肩上がりのイメージがどうしてもつきまといますが、自分としては、自分の周りの土地、風土、人と楽しく持続していくような平衡状態に移行していくイメージを大切にしています。
“楽しく持続していく”ことを“盛り上げる”ということと解釈していて、楽しく持続していくためには無理があると続きません。できるだけ地域本来の姿に無理なく人や土地を返らせていくということ意識して活動しています。
北海道はポテンシャルの塊
北海道Likersライターsorakaze:麻生さんの今後の展開や挑戦を教えてください。
麻生さん:現在は「美桑が丘」という下川町が指定管理しているエリアで子どもたちの森林環境教育や身近な里山づくりを住民の方々と一緒に行っているのですが、その「美桑が丘」を町が有償で譲渡するという方針が示されました。
町の指定管理じゃなくなっても民間だからこそできる形で「美桑が丘」を魅力的な場所にできるのかどうか、そのことについて利用者の方々と可能性を検討していきたいと考えています。
例えば、まだ話の段階ではあるんですが、町で馬を飼育している人が「美桑が丘」で飼ってもいいよと言ってくれていて。そうすると馬がいる公園のような子どもたちが日常的に遊べる場所になるので、夢が広がる部分があってすごくわくわくします。
また、下川町は教育に力を入れており、森林環境教育のため幼、小、中、高校と関わらせていただいています。今後は、地域教育の在り方をみんなで作っていくという活動にも力を入れたいですね。
北海道Likersライターsorakaze:麻生さんにとって北海道・下川町とはどのような存在ですか。
麻生さん:北海道はものすごいポテンシャルの塊だと思います。先ほどの馬の話もそうですが、北海道らしい豊かな自然環境を活かした新たな価値を生み出したり、みんなで食べ物を分かち合うような資本主義に頼らない自給型経済を増やしていくこともできます。水が豊富で土地があって資源もあるというのはすごいポテンシャルです。
そんななかで下川町は“普通の人”は住まないですよね。普通だったら札幌や十勝に住んだ方が便利で住みやすいです。
でも下川町は、魅力的な人たちがたくさんいる愉快な町ですし、何より住んでいれば山菜をとれる場所、魚を釣れるポイント、狩猟で鹿を狩れる場所が、少しずつ体でわかってきて面白いですよ。今は自分の山の木を切って、なめこやしいたけを育てていて。そういうやってみたいと思っていたことをすぐに始められるのも下川町の魅力だと思います。
これから北海道が注目されるなかで、都市からは少し距離を置いて、自分自身のやりたいことや、新しいライフスタイルを見つめ直し実践していきたいという想いのある方にとっては、とても魅力的な町になると思います。
僕は名古屋出身ですが、今は下川町でやるべきことがたくさんあるし、好きな人もたくさんいます。これからもよほどのことがなければ下川町にいますね。
―――山で山菜を、川で魚を森で木を。下川町の森から発信される資本主義に頼り切らない新しい経済の形。喧騒のなかで過ごす多くの人々に森林の声を届ける麻生さんは、北海道のポテンシャルをフル活用していました。インタビュー後、知る人ぞ知る玄人向けの地域“下川町”での生活に憧憬の念を抱かずにはいられませんでした。楽しく持続していく活動に今後も目が離せません。