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音威子府

【北海道地名クイズ】あなたは読めますか?森と匠のむら「音威子府村」

2020.12.07

“自然が好き”。そう話す人は数多くいます。筆者もそのうちの一人。でも、そうした人たちの話す“自然”ってどのくらいのレベルを指すのでしょうか。“自然”にレベルを求めるのもおかしな話ですが、北海道の各地には私たちの想像を軽く超える大自然が溢れています。

今回紹介する“音威子府村”もそんな大自然を感じられる、小さな村です。北海道の“上の方”で、人生のひと時を過ごしてみてはいかがでしょう?

一度でいいから年賀状に美しく書いてみたい

今回取り上げるのは、上川管内“音威子府村”です。場所を確認しようと地図を引っ張り出しましたが、上川管内ってものすごく広いですね。今さら何をと言われるかもしれませんが、南北に縦長に広がる上川管内。改めて北海道の広さを実感します……。

さて、そんな上川管内のてっぺん部分を形成しているまちの一つが“音威子府村”。皆さん読めますか? 北海道における、難読地名の筆頭格的存在かなと個人的には思っています。

読み方はというと……

A おといねっぷむら

おといねっぷ、です! なんだか、ひらがな表記もかわいらしく感じられますね。漢字表記とのギャップが抜群です。筆者は、年賀状にできる限り最大級の美文字で“音威子府”と書いてみたいです。この感覚、共感してもらえるのでしょうか……。

地名の由来&実は「北海道」誕生の地?

”音威子府”という名前の由来、気になりますよね? ホームページを覗くと、次のようにありました。

アイヌ語で濁りたる泥川、漂木の堆積する川口、または切れ曲がる川尻の意。
昭和38年常盤村から音威子府村に改称する。

引用:北海道音威子府村ホームページ

……なんだかこれだけ読むとあまりいいイメージは湧いてこないですね。村内を流れる天塩川のことを言っているのでしょうか? この名前が選ばれたということは、それだけこの地域の人々にとって川の存在が大きかったということを示しているのかもしれませんね!

こうした由来を持つ”音威子府”ですが、実は“北海道”という名前にも大きく関係している場所なんです! ”北海道”の名付け親が幕末の探検家・松浦武四郎であることは知られていますよね? その武四郎が1857(安政4)年に天塩川流域を調査していた際に、音威子府村筬島(おさしま)地区のコタン(アイヌ民族の集落)に立ち寄り、アエトモという古老(エカシ)に“カイナー”という言葉の意味を尋ねたそうです。その答えは、“カイ”は”この国に生まれたもの”という意味で、“ナー”は敬語であるというものでした。

この時の言葉が武四郎の頭に残っていたのでしょう、1869(明治2)年の蝦夷地改称の際に日本の“北”にある“カイ”(加伊)、それに旧領土を指す“道”がつけられた“北加伊道”を含む複数の案を提案し、そこから今の“北海道”ができあがったのです。

こうした歴史的経緯があるため、“音威子府”は“北海道命名の地”と言われています。その記念碑が筬島地区天塩川流域の場所にあります。ぜひ“北海道”誕生の産声を聞きに行ってみてください。

エコミュージアムおさしまセンター「BIKKYアトリエ3モア」

大自然に囲まれた“音威子府”。その自然環境が人を惹きつけ、人もまた新たな魅力を生み出していくものなのかもしれません。

『エコミュージアムおさしまセンター』は元々筬島小学校として使われていた建物です。1978年の廃校後、音威子府に移住してきた彫刻家の故・砂澤ビッキ氏が廃校跡にアトリエを構え、創作活動に励みました。そのアトリエをリニューアルした形が『エコミュージアムおさしまセンター』であり、『アトリエ3モア』なのです。

館内では、ビッキ氏が生涯に渡り制作した作品のうち、200点ほどが展示されており、風、土、人、森、水、樹、火の7つのテーマに分かれた展開がなされています。ビッキ氏の哲学や自然との向き合い方などは色あせることのない価値を持ったものでしょう。今では地域の活動拠点として、交流の場として新たな歩みを進めています。皆さんもこれからの時代のヒントを垣間見に行ってみてください!

つながる想い~おといねっぷ美術工芸高等学校~

砂澤ビッキ氏が創りあげたこの地での功績は、作品という形以外にもあったのかもしれません。村の人々に見守られてきた唯一の高校である、『村立おといねっぷ美術工芸高等学校』。この高校を目指して全国各地からやってくる若者が絶えません。地元出身の在校生はほとんどおらず、多くが村外からやってきます。これは、北海道で一番人口が少ない音威子府にとっては影響力が大きく、実に村の人口の1~2割ほどがこの高校の教員、生徒で占められているそうです。究極の地域密着型の学び舎と言えるかもしれません。

実は、開校当時は名寄農業高等学校の分校でした! 今では考えられないという感じがしますが、生徒数の減少に悩まされ廃校という言葉も出てきたころを境に、工芸や美術の方向へと転換していきます。村が誇る高校ですから、村民皆で創りあげた学校と言えるでしょう。卒業生も多方面で活躍するなど好循環が生まれています。

高校生が作ったとは思えない作品の数々を、その目で確認してみては? 学校のホームページにも作品が紹介されています。

おといねっぷ美術工芸高等学校ホームページ「作品紹介」

昔も今もこれからも。音威子府「の」駅

ここまで“芸術の音威子府”を紹介してきました。最後に、旅の到着地であると同時に出発口でもある音威子府駅(音威子府村交通ターミナル)を紹介します。音威子府にはJR宗谷本線が通っており、音威子府駅は特急も止まる駅。駅舎の姿を一目見るだけで中を覗いてみたくなりますよ!

駅の中にはかつての天北線(音威子府~浜頓別~南稚内を結んでいた)に関する展示を行っている『天北線資料室』があります。ここでは、鉄道を中心とした歴史に触れることができ、鉄道ファンにはたまらない空間となっています。

それだけではありません! 実は音威子府はそばの生産地として有名なんです。一般的なそばと比べて黒いことが特徴。このそばを食べられるお店が駅内にもあり、遠方から足を運ぶ人も多いのだそうです。多くの人に愛され続ける音威子府そば。一度試してみてください!

音威子府駅は言わずもがな村内の中心的な存在ですが、実は音威子府“の”駅は他にも3つあります。それらの駅は利用者が少ないことから廃止候補という扱いを受けています。令和3年度の存続は決まっていますが、厳しい状況に変わりはありません。そんな状況を受けて、村では“みんなの駅”プロジェクトが始まっています。ふるさと納税を活用した取り組みが中心に行われており、特別返礼品にはかつて天北線の線路で使われていた敷石を缶詰にした『線路の石』もあるんだとか!

 

北海道一小さいからこそ、乗り越えられることもあるはず。音威子府のこれからに目が離せませんね!

【参考】
郵便局「郵便番号検索」
北海道音威子府村ホームページ
NPO法人ecoおといねっぷ
エコミュージアムおさしまセンターホームページ
音威子府観光情報サイト
全国町村会ホームページ

【画像】
きらりん、ttn3、うげい、STUDIO EST / PIXTA(ピクスタ)、Fabrizio Misson / shutterstock

※施設の開館状況は公式HPにて確認ください