荒井一洋さん

大雪山自然学校・代表理事 荒井一洋。自然が教えてくれた「自分を受け入れる」大切さ

“人と自然が共生する持続可能で豊かな暮らし”をビジョンに掲げるNPO法人『大雪山自然学校』。代表理事の荒井一洋さんは、子ども自然体験プログラム『森のようちえん』や、エコツアーなど、子どもから大人まで、多くの人が自然を通じて生きるすべを学べる場をつくっています。約20年間、自然との共生を軸に多様な活動を続ける荒井さんに、お話を伺いました。

荒井一洋(あらい・かずひろ)。1977年生まれ。北海道札幌市出身。2000年に東川町へ移住しNPO法人『ねおす』のメンバーとして活動。翌年に同法人の東川支店として『大雪山自然学校』設立し、『森のようちえん』やエコツアー、ホースセラピーなど“自然との共生”をテーマに多様な活動を続けている。

人の魅力あふれる東川町

荒井一洋さん

今回の取材はオンラインで行いました

北海道Likers編集部:NPO法人『大雪山自然学校』を設立した経緯を教えてください。

荒井さん:僕は札幌出身で2000年に東川町に引っ越してきました。『旭岳ビジターセンター』で働いた最初の1年間で、人と自然をつなぐことや、コミュニティづくりに興味をもち、最初はNPO法人『ねおす』の支店として“子どもの自然体験活動”“エコツーリズム”“環境保全”の3つを軸に『大雪山自然学校』をつくったんです。NPO法人『ねおす』が法人を閉じたことをきっかけに、2015年に『大雪山自然学校』を法人化し、継続しています。

ほかでもなく東川町で事業をしようと思ったのは、一緒に夢を見たいと思える人がいたから。こだわりを持つ農家さんがいたり、等身大で自らの暮らしを楽しんでいる方がいたり、芸術家などクリエイティブな方がいたり、とにかく人が魅力的でした。

東川町は、この25年間で人口が約1,400人、全体の20%程度増えているんです。上水道が無く住人全員が地下水で暮らしているなど、自然の魅力もありますが、この町には一緒に未来をつくりたいと思わせる人の魅力があります。

『自然学校』として学びの場をつくるという点でも、東川町の方に影響を受けました。一見、怖いおじいちゃんなんだけど、実はとても暖かい。できるまで待ってくれたり、さりげなくサポートしてくれたり。

自然は社会で生きるすべを教えてくれる

北海道Likes編集部:『大雪山自然学校』をはじめ、荒井さんの多様な活動を拝見すると、自然との共生が軸にあるように感じました。約20間活動を続ける原動力はどこにあるのでしょうか?

荒井さん:原動力があるというより、無理なく過ごしている感覚です。僕には2つの基本方針があります。1つ目は、自然体で自分に無理の無いように過ごすこと。2つ目は、やりたいことをやることです。

活動が多様になったのも“無理なく過ごした”結果です。もともとは、エコツアーや子どもキャンプをガンガンやりたかった。でも、物理的に遠くの方に何度も足を運んでもらうことや、事業として子どもキャンプを継続することは簡単ではありません。

森のようちえん

こどもたちの見つめる先にあるのは…?エゾリス

そこで、改めて見直したのが『森のようちえん』です。『森のようちえん』は、地元の子どもを対象に毎日の暮らしの中で自然体験をします。子ども、保護者、スタッフ等にとって、森へ行くことが習慣化されるので、活動における無理がありません。また、資金面においても国の事業を活用させてもらえるので、経営的にも無理がない状態になりました。本当にありがたいことです。

森のようちえん

今日もみんなで森の中をおさんぽ

北海道Likers:“無理なく過ごすこと”って簡単そうに見えて、実は難しいのでは?

荒井さん:そうですね。人は誰かに認められたいですし、認められないと自分の存在がわからなくなるから、みんな無理しちゃうんです。僕自身も、無理なく過ごすことの意味は、人間関係の中ではわからなかった。人に認められる自分になるために、いろいろと頑張りますから。けど、自然と対峙するときに気づけました。自然の中で無理をしたら死んでしまいます。

自然体験活動

春の突哨山で。草花の特徴を聞くこどもたち

嵐のとき山に登るのは危険です。でも、自分は嵐に立ち向かうことができない未熟さがあると甘んじて受け入れ、嵐が去ったあとに登れば登頂できる。これは学校や会社でも同じことが言えます。社会に出れば難しいことの連続じゃないですか。たとえ、うまくできなくて悔しくても、自分の未熟さを受け入れて待てばいい。そしてまた前に進めばいい。自然はその疑似体験がしやすいんです。だからこそ、自然体験活動をとおして、社会で生きていくすべを学ぶことができると思います。

「気持ちいい」をキャッチして、やりたいことを見つける

荒井さん:2つ目は、やりたいことをやる。これが生きている意味ですからね。だけどやっぱり自然は厳しいので、自分のやりたいことが何でも通るわけではないのですよね。

北海道Likers編集部:やりたいことはどのように見つけるのでしょうか? やりたいことを見つけられず苦しんでいる人も多いように感じます。

荒井さん:僕も自分が本当にやりたいことは分かりません。悩んでいます。たぶん、最初は必要なことをやるのが大切だと思います。食べる、買い物に行く、農作業をする……そういった作業の中で、自分が「これ気持ちいい」と感じる瞬間をキャッチすること。インプットが無い状態では、自分で考える事には限りがありますから。

とにかく目の前にある機会は、どんどん捕まえてください。その中で自分が「心地いいな」、「無理なくできるな」、「成長を感じられて面白いな」と感じたらチャンスですよね。それがやりたいこと。考えすぎず、まず行動してみることが大切です。

みんなが無理なく共生できる社会をつくりたい

北海道Likers編集部:今後はどんな活動をしていきたいですか?

荒井さん:自然体験活動は自分を幸せにするものだと考えているので、老若男女、文化の違いを問わず、すべての人が日常的に自然体験活動ができるようにしていきたいです。小学校で出前授業をしたり、ホースセラピーの機会をつくったり、高齢者の方に『森のようちえん』で講師をしてもらったり。誰もが自分の居心地のいい場所に出会える手助けができたらいいと思っています。

ホースセラピー

引馬やお世話など馬とのふれあいを体験

観光でも無理なく続くサスティナブルツーリズムを目指しています。たとえば、エコツアーで来たお客様にはアウトドアランチと称して、眺めのいいところでお弁当を広げて食べてもらうんです。それは『森のようちえん』で出している給食。普段から地産でオーガニックのものを使っていますから“ほんもの”です。さらに、僕らの日常のランチですから無理なく提供できます。

アウトドアランチ

ある日のアウトドアランチ。器もできる限り天然素材を用いて

観光向けに特別に何かを用意するのではなく、日常をおすそ分けすることこそ持続可能な姿だと思うんです。

―――「僕らはなぜか、学校で“やりたいこと見つける方法”を教えてもらえないんですよね。それを見つけ直そうよ、そして知らないことは恥ずかしくないし、明るく前向きに笑いあいながら発見していけばいいんじゃないかと思うんです」とてもやさしい口調で、無理なく生きることの大切さを教えてくださった荒井さん。火の起こし方といったスキルを超えた、社会を生き抜く方法こそが、自然学校で得られる本当の学びなのだと感じました。

画像提供:大雪山自然学校