デザイナー貝澤珠美さん

アイヌ民族デザイナー貝澤珠美。自然の中で育んだ感性が生み出す「暮らしに寄り添う」アート

生活に寄り添うアイヌアートを創作しているアイヌ民族のデザイナー貝澤珠美さん。伝統的なアイヌ模様を、現代に馴染むかっこいいデザインに昇華しています。

G8洞爺湖サミットの各国首相贈呈用風呂敷の制作や、ミラノ万博でのステージ演出など、国内外で活躍している貝澤さんに、デザイナーを志したきっかけや地元への想いを伺いました。

貝澤珠美(かいざわ・たまみ)。1974年生まれ。平取町二風谷出身。北海道造形デザイン専門学校インテリア学科卒業後、1997年にSikerpe Art『TAMAMIブランド』設立。2008年のG8洞爺湖サミット各国首相贈呈用風呂敷や、新千歳空港国際線ラウンジに飾られた作品『Konru(氷)』を制作。2015年のイタリア・ミラノ万博ではアイヌ文化のステージ演出を手がけるなど国内外で活躍している。

生活に寄り添うかっこいいアイヌデザイン

北海道Likers編集部:アイヌアートのデザイナーとして活動することになったきっかけを教えてください。

デザイナー貝澤珠美さん

今回の取材はオンラインで行いました

貝澤さん:幼い頃は、自分がアイヌであることがすごく嫌でした。二風谷は人口の約7割がアイヌ民族の血を引く人たちが住んでいます。アイヌ文化に触れる機会はもちろんありましたが、まったく関心を持てず、ごく普通の生活をしていました。

高校卒業後、とにかく田舎を出たくて、札幌のデザイン学校に進学。このときはどうしてもデザイナーになりたいという強い想いはなかったのですが、今考えればこれが私の人生の転機だったかもしれません。

二風谷の風景

二風谷の風景

デザインを学びながら「自分のアイデンティティって何だろう」「自分にしかできないデザインってなんだろう」と考えはじめたとき、これまで逃げてきたアイヌ模様を思い出したんです。誰が見てもパッとわかるけれど、あの模様が施された着物を着て街を歩くのは難しい。だったらカーテンやクロス、テーブルやイスなど、今の現代の生活に取り入れたくなるかっこいいアイヌデザインを私がつくることで、生活の中に当たり前にある時代が来たらうれしいなと思ったんです。

スカーフ

美しいデザインが施されたスカーフ

新千歳空港国際線ラウンジに飾られた作品『Konru(氷)』

新千歳空港国際線ラウンジに飾られた作品『Konru(氷)』

札幌に出たことで、思いのほかみんながアイヌのことを知らないことにも驚きました。学校の友だちも「アイヌって滅んだんじゃないの」とか言っていて。

外に出たことで自分自身の個性のひとつとしてアイヌを捉えられるようになったこと、そしてアイヌをもっと知ってほしいと思うようになったことが現在の活動の原点です。

言葉にすれば夢に近づく

北海道Likers編集部:インテリア、ファッション、グラフィック……数々のデザインを手がけられていますが、今後挑戦したいことはありますか?

貝澤さん:映画をつくりたいです。つらいときや誰にも相談できないとき、共感してくれるのが映画だと思うんです。私も幾度となく救われました。

昔から、やりたいことは口に出すようにしています。何の根拠もないけど、言っていればいつか夢は叶うはず。

先日、来年の2月にスタートする演劇の舞台衣装のデザインを頼まれたんです。これってちょっと映画に近づいているかなって! 演劇の衣装制作ははじめてなので、新しいチャレンジです。デザインイメージを固めるのに2ヵ月くらいかかりましたが、すごく刺激的な日々を過ごしています。

リア王 衣装

舞台衣装のデザイン

声をかけてくださったのは俳優の斎藤歩さん。うれしかったのは「僕は貝澤さんのデザインがアイヌだからではなく、単純にすごくきれいだと思ったからお願いした」と言われたこと。どうしてもアイヌというフィルターはついてくるものですが、私のデザインそのものを見てくれたことで、自然に溶け込むかっこいいデザインをつくりたいという私の想いが伝わった気がしました。

二風谷に育ててもらった感性

北海道Likers編集部:貝澤さんのデザインの源泉は何ですか?

貝澤さん:実家が農家なので、小さい頃から農業を手伝いながら、自然と向き合っていました。山の中で養った感覚がなかったら、私は今、デザインができていなかったんじゃないかな。二風谷の自然に感性を育ててもらったと感じています。

木漏れ日

二風谷の山で見た木漏れ日

私のデザインは、決してアイヌ模様を描いているわけではないんです。自分の中にアイヌ模様を飲みこみ消化しているから、自然と出てくるもの。日本人が料理をつくったら自然と和食が多くなるのと同じことだと思うんです。

今後は「かっこいい」「素敵」「何これ!」と、デザインに触れてもらえる機会を国内外問わず増やしていきたいです。

北海道Likers編集部:最後に、貝澤さんの二風谷への想いを教えてください。

貝澤さん:常に恋しく思っています。地元の山に行きたくてしょうがない。私にとってさまざまなことを教えてくれる先生であり、一番大きな存在ですね。

―――「二風谷の自然に戻りたい想いが年々強くなっている」と話す貝澤さん。地元から一歩外に出て、自分のアイデンティティに向き合うことで、その存在の大きさに気づき愛が深まるのかもしれません。自然の中で磨き上げた感性を武器に貝澤さんが生み出すかっこいいデザイン。あなたの生活にも彩りを添えてくれるはずです。