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人をつなぎ未来をつくる。旭川のイノベーター「海老子川雄介」

旭川を拠点に活動する『えびすけ株式会社』代表取締役 海老子川雄介さんは、“人を喜ばせる表現”を軸にカフェやフリーマガジン、町おこしなど、幅広い事業に取り組んでいます。

人と人とをつなぎ未来を創造する海老子川さんに、アフターコロナにおけるローカルビジネスの可能性を伺いました。

えびすけ株式会社代表取締役 海老子川 雄介(えびしがわ・ゆうすけ)さん。1978年新潟県生まれ。就職を機に北海道旭川市に移住。旭川のフリーペーパーを発行する会社を経て独立。地元で愛される『福吉カフェ』を経営。20年4月には、フリーペーパー『Fillmore』を創刊。

意を決して向かった旭川で運命の出会いを果たす

北海道Likers編集部:ご出身は新潟県とのこと。なぜ北海道 旭川市に移り住もうと思ったのですか。

今回の取材はオンラインで行いました

海老子川さん:メディア関係の仕事につこうと就職活動をしていましたが、就職氷河期でなかなか思うようにいきませんでした。

当時は、9.11のテロが起こり、アメリカがアフガニスタンに侵攻するなど、世界では目まぐるしい変化があったとき。この状況では雇用の状況もすぐには改善しない。だったら戦場カメラマンになろうと思って、気合を入れに北海道の一番高い山である『旭岳』に登りに行ったんです。

下山して、旭川ラーメンを食べて帰ろうと立ち寄ったラーメン屋さんに、結果的に就職することになる、フリーペーパーが置いてありました。気になって手に取り、求人を見つけ、エントリーし、内定をいただというのがそもそも移住した経緯です。山に呼ばれて来たとも言えるかもしれません。

旭川は住み心地がいいので、あっという間に15年が過ぎ、気づけば家も山も買っていました。今後は旭川を拠点にして、いろんな場所へ自由に動いていきたいですね。

カフェはメディアだ

北海道Likers編集部:その後、独立されて、どのような事業をされているのですか。

海老子川さん:マーケティング会社を立ち上げました。基本的にはクライアントのやりたいことを形にする仕事です。

あと『福吉カフェ』も経営しています。メディア出身ということもあり、情報が黙っていても飛び込んでくる状況に身を置かないことがすごく怖くて。カフェという媒体を通じて、人やもの、情報が集まってくるような仕掛けにしたいという想いで始めました。なので僕にとってカフェは、空間でありメディアなんです。

『福吉カフェ』は建物自体が歴史建築で、大正13年に製粉所として作られたもの。サラリーマン時代に北海道遺産の『旭橋』の観光地化のプロジェクトの幹事をしていたつながりで、取り壊されそうになっていたこの建物を引き取りました。

画像:えびすけ株式会社

自分でillustratorで図面を引き直して、3か月ぐらいかけてリノベーションし開業。カフェに立ち寄ることで旭川の歴史に触れられるそんな仕掛けにしています。

看板メニュー『福吉ラテ』

看板メニュー『福吉ラテ』 画像:えびすけ株式会社

この店を作るときに大切にしたのは“地元愛”。今も地元のお客様が支えてくれています。看板メニューの『福吉ラテ』は、旭川の老舗製餡会社『福居製餡所』と旭川の老舗お茶屋の3代目が設立した『USAGIYA』をコラボさせてつくったドリンクなんです。

画像:えびすけ株式会社

自社でセレクトしたフリーペーパーやパンフレットも置いています。たまたま旭川で一番利用されるバス停が前にあるので、飲み物を飲まなくてふらっと立ち寄れる。そこで地域の資源に触れられる。そんなパブリックな空間を目指しています。

見て、暮らして、地元を知ってもらう

北海道Likers編集部:20年4月にはフリーマガジン『Fillmore』を発行されていますね。

画像:えびすけ株式会社

海老子川さん:旭川にあったフリーペーパーがウェブに移行して、紙媒体がひとつもなくなったことがきっかけでした。新型コロナウイルスが流行する前は、外国人観光客の方も大勢いて、僕も一緒にスノーボードを滑ったりして。彼らにもっとセンス良く地元の資源に触れてもらうことはできないかなと思って、第1号は全編英語で発行しました。第2号からは日本語でも発行する予定です。

画像:えびすけ株式会社

北海道Likers編集部:国内ではリモートワークの導入も一部進み、自然の中で暮らしたい、子育てをしたいというニーズも高まりそうです。

海老子川さん:そうですね。特に子育て世代の方は“地元に何があるか”をすごく大切にしていますよね。『えびすけ』では、旭川含むいくつかの自治体と移住に関する取り組みもしています。この2年で約40組の移住を検討している家族にツアーを実施しました。

こんな場所で子育てができて、買い物はこんな感じで、勤め先はこういうのがありますよというような、実際の生活を疑似的に体験できるような企画です。事前に体験していただいた方は、やっぱり失敗しないです。地元から情報を発信することで、ミスマッチを無くすようにしたいですね。

手が届く範囲に価値がある、ローカルだからできること

北海道Likers編集部:アフターコロナの社会はどのように変わると思いますか。

画像:えびすけ株式会社

海老子川さん:ローカルがより一層、重要になると思っています。手の届く範囲、足が伸びる範囲に引き続き価値がある。『えびすけ』では、今度フリーペーパーの戸別配布型配布を、札幌から展開しようと考えています。

その地域の小さい企業がやっている取り組みや飲食店、美容室の面白い方々を取り上げて。そういうローカルな情報を手元に届く形でお届けすることで、偶然の発見という彩りを日常に与えられたらなと。家族で回し読みをしてコミュニケーションが生まれてくれたらうれしいなとも思います。

持続可能な地域ビジネスのカギは「育む」こと

北海道Likers編集部:今後、地域のビジネスが持続可能であるために何が必要だと思いますか。

海老子川さん:域内循環をすることによる持続性を考えると、やっぱり“育む”という概念が必要ですよね。働き手や担い手はもちろん、お客様とかお金払ってくれる方々も育てていかなければいけないし、当然、自分自身も成長していかないといけない。

植林とか農業とかそういうのに通ずるところはあると思います。後々のことを考えながらやるってことですね。

北海道に住んでいると、夏終わったらすぐ冬になるから「タイヤ交換しなきゃな」とか結構先のことに対しての想像力を働かせないと生きていけないので、ある意味、毎年訓練されてると思うんですよね。なので、北国の根性じゃないけども、生活の知恵みたいなものをビジネスにも生かしていきたいなと思ってるし、自然の摂理はすごい大切にしたいですよね。

そしてサステイナブルなあり方の具体的な方法を、日本だけじゃなくて、海外、特に東南アジアにノウハウを提供するようなそういう立ち位置になっていくべきだと思っています。

実際、サステイナブルツーリズム協議会というのが北海道にあって、自然をどう守っていくのかその方法を体系化して提供していくことは求められていると感じます。

子どもたちに「こんな汚い国にしやがって」と言われないためにも、ローカルを起点に持続可能な方法を再現可能な形で広めていきたいです。

―――地域に住む人、道外に住む人、海外に住む人、さまざまな人を巻き込みながら、持続可能な社会を作っていこうとチャレンジを続ける海老子川さん。どのプロジェクトも熱い地元愛が源泉になっていると感じました。今後も大きな可能性を秘めているローカルビジネス。次々と始まる新しい挑戦から目を離せません。