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阿部光平さん

内と外をつなぎ新しい価値をつくる。函館ローカルメディア「IN&OUT」編集長・阿部光平

“函館を出ようとしている人”と“函館で暮らそうとしている人”のためのメディア『IN&OUT-ハコダテとヒト-』の編集長をしている阿部光平さん。東京と函館を行き来しながら活動しています。函館と外の街をつなぐ阿部さんに、外から見るこれからの函館について伺いました。

阿部光平(あべ・こうへい)。1981年北海道函館市生まれ、編集者・ライター。5大陸を巡り、旅行誌やタウン誌をメインに活動。函館と東京を行き来しながらローカルメディア『IN&OUT-ハコダテとヒト-』を運営している。

18歳の自分の背中を押すように

北海道Likers編集部:『IN&OUT-ハコダテとヒト-』を始めたきっかけを教えてください。

阿部光平さん

今回の取材はオンラインで行いました

阿部さん:子どもが生まれて函館に帰ろうかと考えたことがきっかけだったんですよね。僕自身、いつか函館に帰りたいなと漠然と思っていたんです。でも、離れてから10年以上経っていたので、今と当時の僕が暮らしていた状況は違うはず。だから、今の函館についてUターンした友だちに話を聞いてみようと思ったんですよね。

当時、僕の周りには、地元に帰りたいけど、仕事や家族の関係で難しい……という人が結構いて。だから、僕以外にも同じような興味関心を持っている人がいると思ったんです。だったらメディアにして、みんなにも見てもらおうと思って。僕はずっと雑誌でインタビューの仕事をしていたので、ホームページをつくれたり写真を撮れたりする地元の友人に声をかけて、2015年にサイトを立ち上げました。

北海道Likers編集部:“地元を離れて暮らしている函館出身者”と、“別の地域から函館に移住(或いはUターン)してきた人“という2つのカテゴリが特徴的で面白いですよね。

阿部さん:函館のローカルのメディアは、FMラジオ、フリーペーパー、『北海道新聞 みなみ風』などたくさんあります。地元に住む人がつくっている情報はクオリティも密度も高い。

僕は東京に住んでいるので、その立場ならではのことをしたいと思ったんですよね。地元出身で今は離れている人間として、函館の内側と外側という2つの視点を持っているからこそ見えるものを発信するほうが意味があるんじゃないかなって。

「なぜ離れた人にも話を聞くのか」とよく聞かれるんですが、函館の人の多くは18歳くらいで大きな岐路に立つんですよね。地元に残るのか、外に出ていくのかという進路の分かれ道に。

自分が18歳の頃は、インターネットもなく、雑誌やテレビに出ている情報は函館にはないものばかり。成功者のインタビューを読んでも雲の上の存在で、具体的に自分にどう活かせばいいのかわかりませんでした。進路に悩んでいる時期に、具体的な将来像が描けなかったんです。

それならば、自分と同じ地域で育ち、同じような学生生活を送ってきた人が、今はこんなことをしているよと伝えた方が、現実を踏まえたうえで希望のある話として届くんじゃないかなと思って。だから、函館の人以外はわからないとしても、学校や街の名前もどんどん記事に出しています(笑)。進路に迷った18歳の自分の背中を押すような気持ちで、函館を内側と外側の視点で語ってもらうインタビュー記事をつくってきました。

情報は共有すると価値が上がる

北海道Likers編集部:たくさんの方に話を聞いてきた中で、印象的だった出来事はありますか?

阿部さん:どのインタビューも印象に残っていますが、思いもよらない反応といえば、取材をした方のお母さまから連絡をもらったことです。思春期の頃って親に悩みを相談しないじゃないですか。『IN&OUT-ハコダテとヒト-』では、学生時代の葛藤や夢をあきらめたことなど、赤裸々に話してもらっています。それを読んでくれた親御さんが「あの子はあのとき何も言わなかったけど、こんな葛藤をしていたんだとわかって嬉しかった」と言ってくださって。インタビューをさせていただいている方々も覚悟を持って話してくれているので、改めてひとつひとつの言葉を大切に扱わなきゃなと思いました。

最近は、インタビューとは別に特集記事に注力しています。コロナにおける分断をどうとらえるか考えたり、函館で撮影された映画『きみの鳥はうたえる』の三宅唱監督に函館を語ってもらったり。

たしかにインタビューには人の背中を押す力があると思います。でも、いろんな人と会ってみて“なんかやりたいけど、どうしたらいいかわからない人”が多いってことに気づいたんです。なので「そういうのが好きなら、あの人に相談してみたら?」と人を紹介するなど、ひとりひとりに寄り添った形にできたらいいなと思ってイベントを開催したりもしています。

東京にいる函館出身者と新しい試みが始められるようなきっかけづくりをしたり、函館で新しいことが始められるきっかけづくりをしたり。函館と外の街をつなぐトンネルのような役割を担っていけたらなと思っています。

北海道Likers編集部:阿部さんのお話を伺っていると、情報を独占せず、みんなにシェアしようとされていますよね。どうしてそのような考え方になったのですか?

阿部さん:1つは、自分ひとりでやれることの限界を感じているからかもしれません。記事をひとつ作るにしても、僕が文章を書けたって、カメラマンやデザイナーの力を借りないと成り立たないので。

それに、情報は僕ひとりが知っているより、10人が知っているほうが価値は高まりますよね。他の人に伝えることで、新しいつながりができたり、僕が思いつかないようなことが生まれたり。共有することに見返りがないとしても、別に損はしないですから(笑)

北海道Likers編集部:情報発信をするときに心がけていることはありますか?

阿部さん:正直であることは心がけています。たとえば、移住を考えている人に街を紹介する場合、便利だったり、キレイなところばかりを伝えるのはズルイと思うんです。そういう面だけを見せられて、実際に住んでみたら想像と違ったとなったら、街のことが嫌いになっちゃうじゃないですか。だから、いいところは惜しみなく、悪いところも隠さず伝えることを心がけています。

函館の外まで経済圏を拡張する

北海道Likers編集部:アフターコロナの函館はどうなると思いますか?

阿部さん:今までは仕事が理由で地元に帰れなかった人もいたと思いますけど、リモートワークでやれる範囲が広がれば、状況は変わるんじゃないかと思っています。函館は新幹線が通っているので、出勤が週に1度でいいとなれば、東京で毎日満員電車に乗るより、片道4時間でも週1の通勤を選ぶ人もいるでしょうし。そうやって、好きな仕事を続けながら、住みたい街に住める人が増えるといいなと思っています。

函館の風景

函館の風景

もうひとつコロナ禍で感じたのは、街の経済圏って外の範囲まで拡張できるんじゃないかなということです。函館は観光地なので、お店やゲストハウスをやっている友人の話を聞くとコロナウイルスによる打撃が大きいのは事実。でも、函館に想いを寄せる人って、街の外にもいるんですよ。そこには新しいチャンスがあるんじゃないかなって。

たとえば、先日、函館でよく行く『tombolo』というパン屋さんの商品をオンラインで買ったんです。それをtwitterでつぶやいたら、「あそこのパンって通販してるんだ」、「前、旅行で行ったときに美味しかったから、買ってみたい」という声がたくさん返ってきたんですよね。


経済活動は街の中だけで完結すると思いがちですが、それでは人口が減少する中で立ち行かなくなってしまう。これから人口を増やすことは難しくても、函館のことが好きな人は街の外にもいます。だったら、その範囲まで街を拡張させて考えてもいいんじゃないかと思ったんです。そうすれば、やれることは広がるんじゃないかなって。

北海道Likers編集部:最後に、阿部さんにとって函館はどんな存在ですか?

阿部さん:「なぜ函館にこだわり続けるのか?」と聞かれることがあるんですけど、自然が豊かだからでも、友達がいるからでもないんです。自分がどこにいようと故郷は特別な存在なんですよね。いつまで経っても他人事にならないんです。生まれ育った土地に対する感情は、親に対する感情と似ているかもしれません。憎んでいようと愛していようと、親は親だし、故郷は故郷。自分とは切り離せないものなんだと思います。

―――ひとりひとりと向き合い共有するから、新しいつながりが生まれる。新しいつながりをつくるから、新しい価値が生まれる。これからも惜しみなく与え、人々の背中を押し続ける阿部さんの活動は続きます。地元に留まらない“函館愛”でつながり広がる輪こそが、これからの函館をつくるのかもしれません。