
ばんえい競馬ファンが一番注目、あのスター候補の生まれ故郷!祖父と孫の馬物語
北海道帯広市で行われている、世界で唯一の『ばんえい競馬』。今日もまた、多くの重種馬が熱戦を繰り広げています。
この地で35年にわたり『ばんえい競馬』の重種馬を生産し続けているのが、『鈴木牧場』です。その歴史は古く、かつては予約が殺到した名母馬『ダイニハルヒメ』から物語は始まりました。数々の名馬を輩出してきた裏側には、家族の深い絆と、命への惜しみない愛情が脈々と流れていました。
今回は、『鈴木牧場』から鈴木義尚さんと、孫の有梨亜さんにお話を伺いました。

鈴木義尚(すずき・よしなお)
馬産のキャリア35年を誇る。名母馬ダイニハルヒメの血統から始まり、これまでに数々の活躍馬を世に送り出してきた。近年は現4歳のスターイチバンや、3歳のキングウンカイなどの活躍でさらに高い注目を集めている。有梨亜(ゆりあ)
鈴木義尚さんの孫。2024年から本格的に鈴木牧場の馬産に従事。育児休業中に馬と触れ合う中でその魅力に気づき、馬産を仕事にすることを決意した。担い手不足が懸念される重種馬の生産現場において、若手後継者として力強く継承の意思を固め、現在は10頭の繁殖牝馬を家族4人で育てる。
次代を担う「スターイチバン」
鈴木義尚さんの生産馬で、いま大きな注目を集めているのが、現4歳の『スターイチバン』です。ここまで重賞を4勝、特に2026年6月に行われた『柏林賞』では後続に10秒以上の差をつける圧勝劇を見せ、ばんえい競馬ファンの間では、その能力の高さと雄大な馬体から、馬名のとおりに次代一番のスター候補と評する声も上がっています。

「ここにいたのは当歳の10月くらいまでですが、静かな馬で、馬体も特別に大きくはなかった。まさかこれほどに勝ってくれるとは思っていませんでしたね。」
そう振り返る義尚さんですが、まずは2歳の4月に行われた能力検査で、一番時計を記録して合格。早くから話題を呼びました。
「その時は、ただただ嬉しかったですね。買ってくれた馬主さんと、良かった良かったと喜び合いました。」
その後も活躍を続けたスターイチバンは、前述の『柏林賞』を制するに至りますが、当日は帯広競馬場で観戦していたそうです。
「普段は競馬場に行くことはほとんどないのですが、勝てるかもしれないから行こう!と祖父を引っ張るように連れて行って(笑)。初めて口取りすることもできました。」と有梨亜さん。

画像:北海道Likers
「ずいぶんと高く評価する声も聞こえてきて、楽しみは楽しみだけど、こればかりは、やってみないとわからないから。それでも順調に成長してくれれば、良くなるんじゃないかなとは思っています。」
慎重に言葉を選びながらも、義尚さんは今後への期待をそう語ります。
名馬の相を持つ「キングウンカイ」
2025年12月に行われた重賞『ヤングチャンピオンシップ』を制した『キングウンカイ』も、義尚さんの生産馬です。2歳の早い時期から活躍していますが、こちらはどのような馬だったのでしょうか。

「生まれた時から、普通の馬より大きくて丈夫そうで、馬体のバランスも面構えも良く、見に来た数人から、これは良い馬だと言われました。生まれて二日目に買い手が決まったほどです。」と義尚さんは言います。
かなりのインパクトがあったようで、「生まれた時の印象ではスターイチバンよりも上だった」との言葉に有梨亜さんもうなずきます。
キングウンカイはまだ3歳で、今後の成長にも期待が大きく広がります。
乳母が紡いだ「もう一つの奇跡」と『ハゴロモミニョン』
生産の現場は、常に喜びばかりではありません。愛称『ミルクちゃん』こと『ハゴロモミニョン』は、母馬を生後3ヵ月ほどのときに亡くすという、過酷な状況に直面しました。 母を失った小さな命を守り抜いたのは、有梨亜さんのお母様(義美さんの奥様)による、昼夜を問わない献身的な努力でした。
お母様は、人工哺乳のミルクを作り続けました。家族が交代で子馬の体調を見守り続ける、孤独な闘いの日々が続いたと言います。

しかし、人間だけの力では足りない温もりを補ったのは、牧場にいた別の肌馬(母馬)でした。その肌馬は、自分の子どもがいるにもかかわらず、寄ってきた『ハゴロモミニョン』を拒むことなく受け入れ、並んで自らの乳を飲ませて命を繋いでくれたのです。
実の母ではない馬が、子馬に乳を与える“奇跡の光景”を、有梨亜さんは今も鮮明に覚えていると言います。「お母さんが一生懸命に育てた馬だから、特別に頑張ってほしい!」 そう願う有梨亜さんの言葉には、家族の体温が宿っています。
現在、家族は特別な思いでこの馬を応援しており、その温かな絆こそが『鈴木牧場』の信頼を支える礎となっているのです。
35年の無事故が語る「人馬の信頼」と安全の流儀
祖父の義尚さんが馬産の世界に足を踏み入れてから、実に35年もの歳月が経ちました。驚くべきことに、これだけ長いキャリアの中で、義尚さんは一度も馬に大きな怪我をさせられたことがないと言います。

画像:ばんえい十勝
義尚さんが説く馬との向き合い方には、安全に巨体を操るための真髄が隠されていました。それは、馬を力で支配するのではなく、パートナーとして尊重して恐怖ではなく信頼で繋がること。そして、相手を冷静に見ている馬に対して、中途半端な姿勢を見せず「主(あるじ)」としての威厳をしっかりと持つことです。
義尚さんが厩舎に入ると、どんなに荒い馬でも不思議と素直に従います。一方で、まだ経験の浅い義美さんや有梨亜さんが入ると、お尻を向けたり、威嚇するように噛みつこうとしたりすることもあるそうです。「馬には“ポッと出のやつ”との違いが分かるんだな!」そう言って笑う義尚さんの言葉には、35年にわたり培ってきた確かな重みが滲み出ていました。
気づいた馬の魅力、若き有梨亜さんが挑む世界
現在は10頭の繁殖牝馬がおり、義尚さん、長男の義美さん夫妻、そして有梨亜さんの四人で、重種馬を育てています。
「最初の頃にいたダイニハルヒメという馬が、良い仔を多く出してくれて(※筆者注:種雄馬となったキングドラゴン、19勝を挙げたフットシャープなど)、それで自分の名が売れたようなところもある。系統の良い牝馬に、良い種雄馬を付けているだけだが、おかげ様で買ってくれる人がいて、それがうまいこと走ってくれています。」と義尚さんは話します。
有梨亜さんは、一般企業に在職中の2024年にお子さんを出産。やがて退職し、その年の終わり頃から本格的に馬産に携わるようになりました。
「もともと馬が好きで、中学生の頃に能力検査を見に行ったこともありますが、ばんえい競馬には興味がありませんでした。知っているのはウチの馬だけで、ほかの競走馬や種雄馬のことも全然わからなくて。でも、育児休業中に馬と触れ合う時間が増え、生産馬が成長して競馬場で活躍する姿などを見ているうちに、ただ可愛いだけではない馬の魅力に気づき、仕事にしたい!と思いました。」

まだまだ勉強している最中とのことですが、それだけに先への楽しみも多いようです。
「以前はウチの馬ばかり見ていましたが、いまは勝った馬の種雄馬や母馬の血統などを調べたり、周りの人に聞いたりしています。深くかかわるほどに楽しくなってくるし、まだ先の話ですが、じつは馬主にもなりたいんです! 特に走ってくれている血統の牝馬は、今後のことも考えると一頭くらいは自分で持っておきたいな、とも思っています。」
そう目を輝かせながら話す有梨亜さんに、「まあ、悪くはないかな。」と短い言葉ながらも嬉しそうな義尚さんです。
ばんえい競馬と、重種馬を守るために
近年のばんえい競馬の売上および賞金増に伴い、馬の取引価格が上昇している一方で、生産頭数の減少という問題にも直面しているのが、現在の重種馬を取り巻く状況です。後継者がいないために馬産をやめる生産者も少なくないと言いますが、その中でも有梨亜さんは継ぐ意思を固めました。
「自分だけで改善できる問題ではないけど、ばんえい競馬が盛り上がっているのに、担い手が減っている危機感はもちろんあります。馬の扱いに関してはまだまだ不安で、時には怖いと思うことも正直ありますが、せっかく家に好きな馬がいるのだから、それを誇りにして、やれることはやって、馬を減らしたくない。その一心です。」

有梨亜さんの言葉を受け、諭すように義尚さんが口を開きます。
「そのためには、誰とでも仲良くして、友達にならないと駄目。選り好みをする人もいるけど、自分ひとりではできない仕事だから。周りといろいろ話をして、良いところを学ばせてもらわないと。」
深くうなずきながら有梨亜さんが言葉を続けます。
「いまは年長者から得られる知識も多いので、それを吸収できればと思っています。数は少ないながらも同年代の生産者もいますが、教科書も正解もない世界だからこそ、わからないことは教えてもらって、わかることは教えてあげて。そういった共有も今後は必要になるかもしれません。」
楽しみと決意を胸に
長きにわたり馬産を行ってきた義尚さんと、祖父の背中を見ながら道を歩み始めた有梨亜さん。今後の展望についてお聞きしました。
「もう、やるだけやってきたから(笑)。あとは息子や孫が馬のことを覚えて成長していってくれれば、親として最高だと思います。」と義尚さん。
「来年(2027年)2歳になる世代からが、わたしが本格的に携わって送り出した馬なので、その子たちを競馬場で見るのが、まずは楽しみです。」と有梨亜さん。
「そして、“代が替わったら鈴木さんも良い馬が出なくなったな”なんて言われないように、もっと勉強して、しっかりと祖父の跡を継ぐこと。それが現在の目標です。」
力強い言葉で締めくくった有梨亜さん。この地から、また新たな名馬を生み出してくれることでしょう。

古谷野豪
一頭一頭の命に対する誠実さと、家族という名の最強のチームワーク。上士幌の大地から、これからもきっと、観客を熱狂させる“次代一番のスター”が生まれ続けることでしょう。筆者は、一族が紡ぐ、人馬一体物語を、これからもずっと見守り続けたいと思います。
取材・文/古谷野豪 写真/ばんえい十勝・北海道Likers
Sponsored by ばんえい十勝









