
4876勝の誇りを胸に、第二の馬人生へ。調教師・藤本匠の新たな挑戦
十勝地方の観光スポットとして有名な帯広市の『ばんえい競馬』。体重が1トンあまりある巨大なばん馬たちが、騎手をのせた重い鉄のソリを曳き進み、パワーと速さ、持久力を競う迫力満点なレースが間近で楽しめると人気です。 その歴史は古く、初めて公営競技のばんえい競馬として開催されたのは、戦後間もない1947年のことでした。
今回お話を伺ったのは、ばんえい競馬調教師の藤本匠さんです。長年ばんえい競馬を代表する騎手として活躍し、昨年11月に地方競馬全国協会(NAR)の新規調教師免許試験に合格。騎手を引退し調教師となりました。今年4月に厩舎を開業され、新たなスタートを切った現在の心境、そして調教師としての目標をお聞きしました。

藤本匠(ふじもと・たくみ)
1962年、札幌市出身。1983年騎手デビュー。通算37,857戦 4,876勝(うち重賞77勝)。この出走回数・勝利数ともに、ばんえい競馬史上最多記録保持者である。ばんえい記念2度制覇(1992年テンショウリ号、2002年サカノタイソン号)。2010年、日本プロスポーツ大賞功労賞受賞。2025年調教師免許合格、本年4月に調教師として厩舎開業。
感謝の気持ちを忘れずに、「人は宝」の信念で挑む
調教師として新規開業、そして4月21日に管理するホクセイレクサス号での初勝利、おめでとうございます! 調教師としての初勝利はどんな思いを持たれましたか?

画像:ばんえい十勝
競馬場に隣接する厩舎の部屋のテレビで見ていましたが、勝利がわかり、急いで競馬場に戻りました。勝利した馬と関係者の記念写真を撮影しているときに、ようやく喜びがわきました。あの日はちょうど馬場の水分量がホクセイレクサスの脚質に合っていて、菊池一樹騎手が上手に乗ってくれました。
調教師への転身はいつごろから決められたのですか? また引退式では「調教師になるのが遅いように思っている」と話されていましたね。
40代の頃までは、「50代前半で調教師に転身したい」と考えていました。ただその当時は、帯広市単独になってから3年ほどで、“今年ばんえい競馬が開催されても、来年の開催がどうなっているかわからない”厳しい時代でしたので、日々ばんえい競馬を続けることに精一杯で、とても未来を見据える余裕などありませんでした。あらためて、たくさんの人に支えられて、ばんえい競馬を続けることができ、調教師になることができたことに感謝しています。
11月末で騎手を引退されてから、4月の調教師開業までの約4か月間、どのような準備をされてこられたのですか?

最初は一人で、ばん馬たちの調教に使うそりや道具を手入れするところからはじめました。天気のいい日に、馬具の汚れを落としたり、革に油を塗りこんだりね。厩舎運営に必要な道具は、2年前に勇退された小林勝二元調教師から、一式まとめて譲ってもらいました。練習用の馬そりや、餌を入れる飼い葉桶(かいばおけ)から、全て用意するとなると、厩舎の開業にあたって他にも多くの出費があるので、とてもありがたかったです。
藤本先生の厩舎スタッフさんたちはどうやって決められたのですか?
現在は日本人とインド人の2名体制です。日高地方にインド人の競馬スタッフを紹介してくれる会社があり、お願いして経験者が来てくれました。その会社では、月に一度、紹介したインド人スタッフとの電話カウンセリングなどもあり、手厚くサポートしてくれています。どの業界でもそうですが、競馬界でも人材不足は問題になっている中で、インド人スタッフの存在はとても大きいです。ばんえい競馬では60名ほどのインド人スタッフが手伝ってくれていますよ。日本人スタッフは、大ベテランの人が来てくれました。こちらが黙っていても何でもどんどんやってくれるので、3人でバランスよくこなすことができて、とても助かっています。

私は、どの職業でも“人は宝”だと思っています。自分が一人で一生懸命やっても限界がありますから、やっぱり一緒に働いてくれるスタッフは本当に大切な存在です。
一頭一頭とじっくり向き合い、良い競馬をお見せしたい
これから調教師としてどのような目標をお持ちですか?
騎手の時代は、42年間勝利を積み重ねてきたことで記録を樹立することができましたが、調教師としては、記録にこだわらず、まずは、いま管理している14頭の馬たちが、いかに良いコンディションでレースに臨む事ができるか、日々着実に積み重ねていきたいと思います。いい馬を育てたいなと思っています。
42年の騎手生活を終えられて今思う事は?

画像:ばんえい十勝
「幸せな騎手人生を歩ませてもらった」この言葉に尽きます。ばんえい競馬の世界に入り、厩務員をしていたころ、当時騎手だった金山明彦現調教師に、騎手を目指すことを助言してもらってから人生が大きく動きました。金山さんからは多くのことを学ばせてもらったけれど、誰も真似をすることができない域にいる、憧れの存在と共に成長することができたと思います。

また、騎手時代にもお世話になっていた馬主さんが、今は私に馬を預けてくれています。戦績の良いときも上がらないときも、変わらず起用してくれたりと、感謝の気持ちでいっぱいです。多くの人に支えられ、続けることができました。
ここ数年でばんえい競馬では多くの新人騎手が誕生しましたね。
新しい世代の騎手たちの誕生は、とてもいいことだと思っています。昔は、今リーディングトップの鈴木恵介騎手のような人が5人もいるような時代がありました。若い騎手たち皆で切磋琢磨して、どんどん技術を磨いていってほしい。そうなれば、よりばんえい競馬も面白くなっていくと思います。
人馬一丸となって魅力あふれるばんえい競馬を盛り上げていく
長くばんえい競馬の世界にいる藤本調教師が思う“ばんえい競馬の魅力”とは、どこにありますか?
直線200メートルのセパレートコースを、スタートからゴールまでお客さんが一緒について観ることができることですね。迫力満点のばん馬たちの豪快な動きや騎手の駆け引きなどを常に間近で見ることができるのはばんえい競馬ならではの魅力です。騎手時代は、レースに出ていると、お客さんが馬たちに送る声援が聞こえてくることもありましたよ。

ばん馬たちが、重い荷物を背負って途中二つの大きな坂を必死に登っていく姿に人生を重ね合わせてみて欲しい。“ひとつめの山を越えて体力を消耗したその先に、さらに待ち受けている大きな山をどうやって人馬息を合わせて乗り越えていくか”。ここが一番の魅力だと思います。
長年の相棒たちである、ばん馬の魅力はどこに感じられますか?
大きな体でほがらかな目をしていてね。かわいらしい姿を見ていると、幼いころの記憶を思いだします。ばんえい競馬の馬主をしていた旭川の親戚が、昔は1月から3月まで、ばんえい競馬はお休みの期間だったので、その間ばん馬を自分の家で面倒見ていました。同世代のいとこと一緒にばん馬の背中にまたがって遊んでいたのが、ばん馬とふれ合った一番最初の記憶ですね。雪が深いのでたとえ馬から落ちても全然痛くなくて、とっても楽しかった。
その親戚の勧めで入ったばんえい競馬の世界は、大変だったけど、毎日世話をしているばん馬たちが1着になったり、上のクラスに昇級していく姿を見て、どんどん魅力にはまっていきましたね。今も変わらぬ思いでいます。
ばんえい競馬を応援してくれているファンの皆様へメッセージをお願いします。
いつもばんえい競馬への温かいご声援をありがとうございます。僕もそうですが、携わる皆が本当に日々頑張っていますので、これからも末永く宜しくお願いします。
北海道Likersの読者の皆様へメッセージをお願いします。
ばんえい競馬は世界で唯一、日本の帯広市だけで観ることができる、とても珍しいレースです。ぜひ生の迫力を体感してほしいと思います。帯広は、天気のいい日が多くカラッとしていて過ごしやすいです。美味しいものを食べたり、温泉に浸かったりと楽しめることがたくさんありますので、ぜひ遊びに来てくださいね。

川原恵子
騎手時代に、“鉄人”や“レジェンド”を体現されてこられた藤本匠調教師。お話をお聞きして、多くの人々から信頼されるお人柄であったからこそ達成された偉大な記録なのだと感じました。藤本調教師とばん馬たちの活躍を楽しみに応援しております。
取材・文/川原恵子 写真提供/ばんえい十勝
連載「ばんえい競馬ではたらく人」では、ばんえい競馬を支える仕事に就くさまざまな人の魅力に迫ります。お仕事と記事の一覧はこちらから。
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