苦難を乗り越えた原動力は?元帯広市ばんえい競馬開催執務委員長・佐藤徹也が語る「馬と共に歩み続けた15年間」
世界で唯一開催されている北海道帯広市のばんえい競馬。もともと北海道開拓時代に農耕や木材運搬で活躍した“ばん馬”を競走させようと、お祭りなどのイベントで始まったのが起源です。
現在では馬券のインターネット発売のおかげで経営状況も安定していますが、15年ほど前は存続すらも危うく、苦しい財政状況。その苦しい時代から現在までをばん馬と共に歩み続けたうちのひとりが、元帯広市ばんえい競馬開催執務委員長の佐藤徹也さんです。
今回は、佐藤さんに苦しい時代を乗り越えた原動力やばんえい競馬の現在、未来についてお話を伺いました。
佐藤徹也(さとう・てつや)。1961年生まれ、名寄町出身。北海道開発局から帯広市役所に転職。商業課や企画課、農林課などに在籍し、2007年より農政部ばんえい振興室に着任。2014年からは4代目の帯広市農政ばんえい振興室長に就任。2022年3月末で定年退職。現在は主任専門員として、ばんえい競馬に携わる。
「ばんえい競馬」は好きではなかった!?
北海道Likersライターオオイ:ばんえい競馬は、2006年(帯広市の単独開催前)までの累積赤字が30億円あったそうですね。当時は、正直なところ「関わりたくない」と考える人もいた部署だったのではないかと思います。佐藤さんは、2007年よりばんえい振興室の職員としてばんえい競馬に関わることになりましたが、その時の率直な気持ちをお聞かせください。
佐藤さん:ばんえい競馬の存続についての議論は、市役所職員として知っていました。しかし、まさか自分が関わるとは思っていなかったです。
私はもともと中央競馬がとにかく大好きで、よくたくさんの馬券を購入していました。その当時の上司が初代のばんえい振興室長だったのですが、私は職場の休み時間に競馬の話をすることがあり、上司の前で話をしたこともありました。今思えばそれが運命の歯車だったのかもしれません。
北海道Likersライターオオイ:中央競馬好きな佐藤さんは、それまでばんえい競馬を見たことがなかったとお聞きしました。
佐藤さん:食わず嫌いのようなもので、本音をいうと、ばんえい競馬は好きではなかったんです。しかし、異動が決まり、2006年度の組合最後の開催レース*を観戦するため『帯広競馬場』へ行ったとき、実際に大きな馬を目の当たりにして、驚いて感動したことを覚えています。
*1989〜2006年までは開催4市(帯広市・旭川市・岩見沢市・北見市)による一部事務組合(北海道市営競馬組合)が「ばんえい競馬」の運営を行っていた
北海道Likersライターオオイ:経営が苦しい時に支えになった原動力はありますか?
佐藤さん:2007年から最初の5年間は、毎年売上が落ちてしまい経営が厳しく、賞金などを下げなければいけない状況でした。当時は1着でも賞金5万というレースがあり、一部の馬主さんからは苦情をもらうこともありました。
しかし、ある馬主さんから「我々は馬が好きなんだ。競馬を残してくれただけでもありがたい」という言葉をいただき、また、それに賛同してくれた馬主さんたちが拍手してくれたのです。それが現在でも支えになっています。
北海道Likersライターオオイ:素敵なエピソードですね。
佐藤さん:競馬の運営に関しては、まったくの素人でしたので、着任してから1〜2年間はいろんな失敗がありました。ただ、普段は聞けない馬主さんや競馬ファンの馬に対する熱い想いを知り、自分も期待に応えなくてはと思うようになりましたね。
売上好調の一方で、厳しい現実も…
北海道Likersライターオオイ:現在は経営も安定しているということですが、一番の要因はなんでしょうか?
佐藤さん:最大の要因は馬券のインターネット発売です。売上の92%をインターネット販売が占めているんです(2022年現在)。
そのほかの要因として、3連単と3連複の販売開始が挙げられます。2011年6月まではシステム上の都合により、3連単と3連複が購入できませんでしたが、地方競馬に馬券購入システムを統一することになり、3連単・3連複の購入が可能になったんです。
現在は、売上の6割近くが3連単・3連複なので、ばんえい競馬の危機を救ってくれた最初のターニングポイントと考えています。
また、2013年よりナイター開催日数を大幅に増やしたことも要因のひとつです。夜にインターネットで馬券を購入されるお客さまが少しずつ増加しました。そのおかげもあり、2013年度は帯広市単独開催以降初の実質黒字、2021年度は517億円という最高の発売額と結果を得られました。
北海道Likersライターオオイ:売上が好調の一方で、あってはいけない事案もありました。
佐藤さん:競馬関係者による馬券購入や調整ルームへの携帯電話持ち込み事案などがありました。そして、2021年度の能力検査では、出走馬の顔を騎手が蹴る事案がニュースやSNSなどで多く取り上げられました。2,000件を超える抗議・要望があり、中には「廃止しろ!」という厳しいお言葉も頂戴しました。
ばんえい競馬の出走馬になるためには、調教という厳しい訓練をしています。テストに合格するために厳しい訓練を日頃行っていますが、顔を蹴るという行為が日常茶飯事では絶対にありません。
北海道Likersライターオオイ:騎手は馬に負担がかかり、早急に起こすためのとっさの判断で取った行動だと釈明がありました。
佐藤さん:言い訳に聞こえてしまうかもしれませんが、関係者もこの馬をなんとか競走馬にしてあげたいというギリギリの世界で生きています。平地の場合、活躍できなかった馬は他の競馬場に移動することも可能です。しかしばんえい競馬では、能力検査に合格できなかった馬は競走馬となれず、牝馬は生産牧場で繁殖馬としての道もありますが、牡馬は他の用途に回されてしまう厳しい現実があります。
2021年の事案はあってはいけないことですが、そういう現実も、包み隠さず伝えていくことも必要だと思っています。
帯広競馬場の使命とは?
北海道Likersライターオオイ:ばんえい競馬がより発展するためには、なにが重要だとお考えですか?
佐藤さん:馬がいなければ、競馬はできませんよね。ばん馬はサラブレットのように大きな規模の組織で生産されていません。現在生産される馬1,000頭中、2〜300頭ほどが競走馬になりますが、毎年このペースで競走馬が誕生しないと、将来的に競馬として成り立たない可能性もあります。
生産も含めて、ばん馬を後世に残していくためにも、競馬場を続けていくことが大事です。そのためにも、多くのお客さまに馬券の購入していただくことが至上命題と考えます。
北海道Likersライターオオイ:できれば『帯広競馬場』でレースを生で観戦し、馬券を購入していただきたいですよね。
佐藤さん:地元帯広・十勝の方にはもちろん、一人でも多くの方にばん馬の歴史を知っていただき、『帯広競馬場』に足を運んでもらい、実際の馬を見て感じていただきたいです。
それが“競馬場のひとつの使命”だと考え、この15年間携わってきました。
私は今年の3月末で定年退職となりました。ただ、主任専門員となり以前と同じような立場ではありませんが、引き続きばんえい競馬に携わっております。
この15年間のばんえい競馬での経験は、これまでの私の人生において大変貴重なものであり、唯一無二のものでもあります。こうした経験を活かし、ばんえい競馬を陰ながら応援していきたいと思っています。
―——「ばんえい競馬」でさまざまな喜びや苦しみ・辛さを経験された佐藤さん。優しい笑顔と語り口が印象的でした。佐藤さんたちが作り上げた道をどう活用していくのか、今後もばんえい競馬から目を離せませんね。
【画像】帯広市
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