余市町長・齊藤啓輔。「多様性が地域を強くする」凄腕リーダーの挑戦

札幌から約1時間の好立地。りんごや「ニッカウヰスキー」蒸溜所、ワイナリーなどを擁する魅力に溢れる町でありながら、人口減少が進みサステナブルな地域社会に課題を抱える余市町

地域が自立する地域運営モデルを確立すべく、北海道随一の企業である「ニトリ」や落合陽一率いる「ピクシーダストテクノロジーズ」といった民間企業との連携や、“戦略推進マネージャー”として民間人材を登用するなど、数々の新しい取り組みを進めるのは町長の齊藤啓輔さんです。

今回は齊藤さんに、町長を志したきっかけや、持続可能な地域社会に必要なことを聞きました。

齊藤啓輔(さいとう・けいすけ)。1981年生まれ。北海道紋別市出身。早稲田大学卒業後、外務省入省。欧州局ロシア課や在ロシア日本国大使館での勤務を経て、2014年に内閣総理大臣官邸へ。2016年に地方創生人材支援制度で、自ら希望し北海道天塩町副町長に就任。2018年に天塩町副町長を任期満了後、余市町長選挙に出馬し当選。同年9月から現職。お酒はワインが好き。

外交官になって気づいた地元の魅力

北海道Likers編集部:外交官として活躍されていた齊藤さんが、地方創生に取り組もうと思ったきっかけを教えてください。

余市町町長齊藤啓輔さん

今回の取材はオンラインで行いました

齊藤さん:私は紋別の小さい集落の出身です。田舎が大嫌いだったので「こんな閉塞感の漂うところは一刻も早く出よう」と思い、中学卒業後地元を離れました。幼少期の反動か、世界と仕事がしたいと思うようになり、大学卒業後は外務省に入省。その時点では、海外との仕事が多くなり「北海道に戻ってくることはない」と思っていたのですが、ロシア担当になったことで再び北海道との縁ができました。

日露関係の最大の懸案事項は北方領土問題です。多いときで2週間に1度、北方領土現地に行く機会がありました。そのときに見えた風景がとても魅力的で。たとえば、たんちょう釧路空港は降り立てば周りは湿原。空気も景色も美しいですよね。大人になり、あらゆる場所を知ったあとに戻ってきたからこそ、子どもの頃は気づけなかった北海道の魅力を再認識することができました。

北海道の風景

美しい北海道の風景

そこから色んな方に「北海道はこんなに魅力があるのだから、自分たちで売り込めば地域経済が盛り上がるのではないか」と言ったんです。しかし現地の方々は、「国が地域に資本を投入してくれなければ戦えない」と。たしかに戦後日本の発展モデルはそうだったかもしれませんが、今後の日本の将来を見据えると未曽有の人口減少が待ち受けている。国からの支援を待つのではなく、地域から魅力を発信し持続可能な経済構造にしていくことこそ、北海道の未来には必要なことだと確信し、自ら取り組むことにしました。

多様性が地域を強くする

北海道Likers編集部:天塩町の副町長を務めたのち、2018年9月から余市町の町長に。地域が自ら稼ぐモデルづくりに取り組まれる中で、民間と協力した取り組みが目立ちます。

齊藤さん:公務員にありがちなのは、ルーティンワークが仕事だと思っていること。けれど、そのような仕事ぶりでは地域が生き残れません。民間企業では当然、利益を上げることが重要になりますよね。それはパブリックセクターでは異なるかというと、必ずしもそうではない。地域自らが魅力を磨き上げて発信し、地域経済を活性化させていく。その考え方さえ持っていれば、民間企業と手を組むという解がおのずと出てきます。職員それぞれの力を引き出しつつ、道内はもちろん首都圏の企業との連携も進め、外の要素を取り入れることで地域に多様性を生み出そうと考えています。

ニトリと余市町・仁木町の協定式

「ニトリ」と余市町・仁木町の協定式

限られた空間にいるだけでは発展性はありません。地域を強くするうえで最も重要なのは多様性です。それは、織田信長が武田勝頼を打ち破った戦国時代から変わっていないわけですよね。

仕掛け続ける方針には、外務省時代の経験も影響しているかもしれません。国際情勢は刻一刻と変わっていきますから、新しいことをどんどんやっていかなければ遅れをとるという感覚が刷り込まれたのだと思います。

余市町の強みを磨き、伝える

北海道Likers編集部:齊藤さんが考える余市町の魅力を教えてください。

齊藤さん:一番の魅力は食です。リンゴなど果実の産地であり、「ニッカウヰスキー」の余市蒸溜所には世界中から人が集まります。

そして現在は、ワインのレベルが非常に高くなっている。ワインは世界にマーケットが広がっていますから、人口減少下で地域社会をサステナブルにしていくための大きな強みになると考えています。

たとえば、世界最高のワインを生み出すロマネ・コンティがあるヴォーヌ・ロマネ村は、人口が約400人にもかかわらず、世界中から人が訪れているんです。札幌からわずか1時間とアクセスのいいワインの産地・余市町にもそのポテンシャルはあると思っています。

オチガビワイナリー

オチガビワイナリー

そして、強みはしっかりと磨き上げていくことが大切です。いいものを適切に伝えていく必要があります。たとえば、今年余市のワイナリー「ドメーヌ・タカヒコ」の『ナナツモリ ピノ・ノワール 2017』が世界で最も予約が困難といわれるデンマークのレストラン「ノーマ」にオンリストされました。つまり世界レベルで認められたということです。

ドメーヌタカヒコ

世界で認められた「ドメーヌ・タカヒコ」のワイン

ここで大切になるのは、伝わるストーリーを描けるかどうか。やみくもに「ノーマ」を狙ったわけではなく、デンマークと北海道には通ずるものがあると感じていました。食について見てみると、北海道も北欧も狩猟採集からはじまり、塩漬け、燻、発酵といったスタイル。イタリアやフランス、スペインなどと比べると、陰性のニュアンスがあるんです。つながりを大切にした針の穴を通すようなマーケティングが、地域の魅力を磨き上げるために必要なことのひとつだと思います。

北海道Likers編集部:最後に北海道への想いをお願いします。

齊藤さん:「生まれ故郷をなんとかしたい」という想いを持っているからこそ、北海道の外へ出ている方も多いと思います。そういう多様な方々の力を結集して、生まれ故郷である北海道を持続可能な社会にしていきたいです。

―――外交には欠かせないワイン。齊藤さん自身も外交官時代から筋金入りのワイン好き。「北海道には、テロワールを見事に表現した素晴らしいワインがある。世界最高峰のワインと戦えると思います」熱い余市ワイン愛を伺っていたら、ますます余市ワインが飲みたくなってしまいました。齊藤さんのリーダーシップのもと、新しい挑戦を続け、持続可能な地域社会を目指す余市町。次なる施策も準備中とのこと。目が離せません。

画像出典:余市町