ミルクジャムやサウナを手掛ける理由は…?十勝しんむら牧場・新村浩隆。新たな牧場経営の背景にある「シンプルな考え方」
北海道は上士幌町にある「十勝しんむら牧場」。放牧酪農を行い、健康的な土壌・草・牛から牛乳やそれを用いた加工品を作っています。牧場でありながらカフェテラスやサウナなど一般客が楽しめる施設も備えており、観光スポットとしても注目の的。同牧場が製造・販売する『ミルクジャム』は、十勝土産として目にしたことがある方も多いのでは?
今回はそんな「十勝しんむら牧場」4代目牧場主・代表取締役の新村浩隆さんにお話を伺いました。
新村浩隆(しんむら・ひろたか)。「十勝しんむら牧場」4代目牧場主・代表取締役。曾祖父の代から受け継がれた土地で酪農経営に取り組む。一般的な繋ぎ飼いをやめて放牧酪農を行い、健康的な土壌・草・牛から牛乳を生産。牧場でとれた牛乳を使った加工品の製造や、カフェ・サウナ施設の運営にも取り組む。
一生続けられるように。「十勝しんむら牧場」での挑戦
北海道Likers編集部:家業を継ごうと決心されたのはいつごろだったのですか?
新村さん:大学時代にバブルが弾けたころでしょうか。バブルで多くの仕事が無くなっているなか、どういう仕事をしたいのか真剣に考えたんですよ。それはやはり、一生やれる仕事。では一生やれる仕事は何なのかと考えると、食べ物は絶対必要だから食産業、とくに農業だなと思いました。
ただ当時の農業は、需要があってもそれほど儲かる産業ではないし、汚い・かっこ悪いというイメージで魅力を感じていなかったので、一生続けていくのは大変だろうと思いました。じゃあもっと農業をリノベートしてかっこよくしたい。農業を本当に一生続けられる仕事にしようと思いました。外見だけ磨いて中身が何も無かったらだめなので、本質的に変革して内面から輝くような“かっこいい”状態にしたいと思ったんです。
北海道Likers編集部:新村さんは一般的に良いとされているつなぎ飼いではなく放牧酪農をされていますが、中身をしっかり変えて酪農を内面の輝きで“かっこよく”するために取り組まれた、ということでしょうか?
新村さん:そうですね。“かっこいい”というのは本質に近づくことだと思っています。そして酪農の場合、牛を牛らしく飼うことが本質です。
本質的なことをしっかりと行い、原理原則に近づけば、コストがかからず楽になってくるんですよ。牛を全部つないでいたら、餌も全部人間が牛舎に持って行って、掃除もしてあげて、すべて人間がやってあげる、といういわば介護しているような状態になりますよね。そうではなく、牛と人間がお互いに自立している方がいいんですよ。
北海道Likers編集部:なるほど。牛を放牧するために20年近く土壌の研究もされたそうですが、一番結果が出たことを実感したタイミングはありましたか?
新村さん:3年ぐらい経つと、牛がもともとは全然食べてくれなかった草をよく食べるようになったり、牛が畑で排泄したフンの分解が早くなったりしたんです。畑を歩いていても、いろんな虫を見られるようになったり。そういうときに手ごたえを感じました。
北海道Likers編集部:やはり牛もわかっているんですね……!
新村さん:そうですね。動物は自分の命にとって必要かそうでないかを、しっかり見極めていますね。
化学肥料を使うのが悪いのではなく、漠然と肥料をまき、畑にとって余分なものがあったり逆に必要なものが無かったりと、バランスが崩れてしまっていたのが良くなかったんです。土壌分析に基づいて、何が足りている・足りていないをしっかり見極めることが重要。
人間も一緒です。同じように身体だけ大きくしようと思ったら高カロリーのものを食べればどんどん大きくなるかもしれませんが、病気になるかもしれません。その人にとって必要なものを、血液検査などをして何が足りているか・足りていないかをわかったうえで食べるっていう。そんな感じです。農業も人間も原理は同じですよ。
北海道Likers編集部:たしかに言われてみると一緒ですね。
新村さん:特別なことはしていません。やっていなかったことを、しっかりとやっただけです。
お客さんの「健康と幸せ」がゴール
北海道Likers編集部:「十勝しんむら牧場」では、『ミルクジャム』の製造やカフェテラスの営業など第2次・第3次産業にも取り組まれています。どんなきっかけで始めることになったでしょうか?
新村さん:農業は価格の決定権を持っていないのが弱いところなんですよ。自分が生産したものに対して、値決めができない。今、餌代などのコストがアップしているのになかなか乳価が上がらないので、酪農が危機に陥っています。コストが増加しているのに販売する商品の値段を上げられなければ成り立たちません。自社で加工場を持って、自社で販売して、値段を自分で付けて販売していくことが必要だと思います。
自分の商品がほしいとか、カフェをやりたいということではなく、必要だからやっているんです。もちろんそこに想いがないわけではなくて、製品を作ったりカフェをしたりすることによってお客さんに伝わって、経営として安定していくという背景もあります。
北海道Likers編集部:となると最終的な目的は、“牧場で作られたものの美味しさや魅力がお客さんに伝わる”というところなんでしょうか?
新村さん:いえ、違いますね。それはあくまでも過程であって、その結果“お客さんが健康になって幸せになる”ということがゴールです。極端かもしれませんが、「農業から、酪農から、世界平和」ということが大きな目標なんです。
“食”という字を分解すると、“人を良くする”と書くじゃないですか。食べて健康にならないものは“食”ではなく“毒”です。食産業をやっている以上は、人が良くなる・健康になる・幸せになる、みんなが幸せになるような仕事ができれば私もハッピーです。
ストーリーを伝えたい!ミルクジャムやサウナを手掛ける背景
北海道Likers編集部:カフェテラスの運営や、最近ではミルクサウナも手掛けられています。どの施設も雰囲気が洗練されていて、とてもオシャレな印象を抱いたのですが、牧場に関わるデザインで気を付けていることはありますか?
新村さん:“自分が好きか嫌いか”じゃないかな。自分の好きなデザインだけを取り入れます。
北海道Likers編集部:“好きの基準”はありますか?
新村さん:1つは“シンプルで、本質からずれていないこと”ですね。何を考えて作ったのか、何ためにカフェをやっているのか、というコンセプト・目的があるからこそできるわけですよ。
カフェテラスに関しては、「牧場のショールーム」というコンセプトで作っています。「僕たちがどのように商品を作っていて、なぜ美味しいのか」という背景をお客さんの目で見て確かめてみてもらいたいなと。
北海道Likers編集部:ではミルクサウナもカフェテラスと同じように、「十勝しんむら牧場」のストーリーを伝えるために作られたのですか?
新村さん:そうですね。カフェって滞在時間が30分から1時間くらいじゃないですか。でもサウナならもっと長時間いてもらえるので、牧場の時間ごとの変化とか、さまざまなものを感じられると思うんです。牧場を知ってもらうひとつの大きなきっかけとして有効だなと。
あとは、自分が好きだということですね。ただ「今流行しているからやります」というのは、そこに想いもストーリーもないので良くないと思います。やはり何ごとにもストーリーは大切で、みなさんの選択にも関わってきますよね。加工のできないリアルの場だからこそ感じられる魅力を体験してもらいたいです。
「十勝しんむら牧場」で実現したいユートピア
北海道Likers編集部:最後に今後の展望をお聞かせください!
新村さん:パーマカルチャー、つまり持続可能で永続的な農業を私の牧場で実現したいと思っています。
今の農業は、牛は牛、畑は畑といったように全部バラバラですが、本来はまず牛・馬・豚がいて、その糞尿を畑に肥料としてまき、さらにその畑でとれたものをレストランで提供する、というようにつながっているはずなんですよ。
さも人間だけが特別かのような状況になってしまっていますが、本来は牛も馬も豚も野菜も人間も地球に住む同じ生きものなんですよね。動物の目的って結局は種族を残していくことなので、毎日しっかり食べて、子どもを残し育てる、ということができれば良いと思うんです。もっと人間は動物らしくなるべきだと思います。
北海道Likers編集部:最初のお話にもつながりますが、本質的な生き方というか。本来あるべき生き方に戻っていくことをイメージされているんですね。
新村さん:そうですね。そうすればフードマイレージ*といった無駄なロスも無くなるはずです。
「十勝しんむら牧場」はおよそ100ヘクタールあります。たとえば牧場に500軒くらい住んでもらい、そこでとれたものを食べてもらう。そしていろいろな仕事もしてもらいます。そうするとそこにレストランや宿泊施設ができるなど、自然にいろいろなことが起きるはずです。そして最後には、そこでとれたもの・生まれたものを東京の人たちに買い求めてもらえるかもしれません。こんなことをイメージしたら、なんだか幸せそうじゃないですか?
きっとそこに集まる人たちは似たような価値観を持っているはずで、同じ価値観の人たちが一緒にいると大きなエネルギーが生まれます。幸せに毎日食べて、楽しい仲間と一緒にいて……というのが幸せだと思います。来春からは宿泊業も始める予定なんです。
北海道Likers編集部:そうなんですか! それはぜひ伺いたいです。今、サウナや宿泊施設を作られているのは、そのユートピア的なものを実現するための最初の一歩なのでしょうか?
新村さん:一つの手段ですね。そこに泊って、「こんなに気持ちが良いんだ、ストレスがないんだ」と楽しんでもらうこと。それが将来的にそこに家を建てて住んでもらうことだとか、次のステップへつながっていくわけです。
北海道Likers編集部:なるほど。人が自然と集まってくるきっかけづくりというか、種まきをされているんですね。
新村さん:分譲してただ人を集めるのではなく、自分と同じ価値観・ベクトルを持った人たちと理想の地域をつくることができたらハッピーです。
ーーー酪農という1次産業から、2次・3次産業まで幅広く手掛けられている新村さんにもともと抱いていた印象は、“いろいろなことをしている方”でした。しかしお話ししていくなかで見えてきたのは、とてもシンプルな考え方をされているということ。牛を育てること・『ミルクジャム』の製造・カフェテラスの運営など、一見バラバラに見えることが“幸せになるために本質的なことをする”という1つの大きな軸で繋がっていました。本質を追求する新村さんが「十勝しんむら牧場」をどのように進化させていくのか、とても楽しみです。
*フードマイレージ・・・食品が製造されてから消費者に届くまでの輸送距離。
連載「情熱の仕事人」では、北海道のさまざまな分野の“仕事人”を取り上げ、その取り組みや志、熱い想いなどを紹介します。北海道の未来をつくる仕事人たちの情熱の根源とは。連載記事一覧はこちらから。