北海道では秋に雪のような虫が大量発生?意外と知らない「雪虫の正体」を専門家に聞きました
北海道では晩秋になると、綿毛のような虫が飛び交います。その虫は“雪虫”と呼ばれ、俳句では初冬の季語とされていますが、その正体を知る人は少ないでしょう。
雪虫の生態や地域性を取材しました。
「雪虫」の正体とは?
今回は、北海道博物館学芸員の池田貴夫さんに雪虫についてお話をうかがいました。
池田さんは埼玉県熊谷市出身。名古屋大学大学院を経て、1997(平成9)年に札幌に移住しました。いわゆる”道産子”ではないため、北海道民にとっては当たり前なことでも不思議に感じることがたくさんあったそう。
なかでも“雪虫”という呼び名に関心を持ち、研究を行っているそうです。
北海道の雪虫については、昆虫学、考古学、人類学、北方文化論などに功績を遺した北海道学芸大学(現北海道教育大学)教授・河野広道氏が、雪虫の正体や生態を克明に観察・記録。1941(昭和16)年に発行された『北方文芸』3・4号に『雪虫』の題で科学映画用シナリオを連載しています。
北海道の雪虫の正体は、害虫・アブラムシの仲間です。
河野氏は、トドノネオオワタムシ、コオノオオワタムシ、ニレノタマフシ、ニレノエゾフシ、ナシワタムシなど、雪虫と呼ばれる十数種類を観察。一般的に雪虫として見られるトドノネオオワタムシは、シベリア、サハリン、北海道、本州、朝鮮半島など環日本海域に生息し、特に北海道に多いと記しています。
雪虫こと「トドノネオオワタムシ」の生態
トドノネオオワタムシの生態についても教えていただきました。
トドノネオオワタムシは、晩秋から初冬にかけてヤチダモという木に卵を産み付けます。翌春に孵化して第1世代が育つと、春のうちにまた卵を産みます。そこで生まれた第2世代は、夏にトドマツの根に移動し、第3世代を産みます。第3世代はさらにトドマツの根で第4世代を産み、それが育ったころ晩秋を迎えます。
実は、第1世代から第4世代までは、白色蝋質物(白い綿のようなもの)は身に着けていないそう。トドマツの根で産まれた第4世代が晩秋にヤチダモへ移動する際に、いわゆる“雪虫”の姿になるといいます。
アイヌ民族にも「雪虫」は身近な存在だった
アイヌ語にも「雪・虫」を意味する「ウパシ・キキリ」という言葉があります。トドノネオオワタムシなど、白色蝋質物を身に着けた虫を指しているそう。
「雪虫が現れると、雪の降る日が近い」、「雪虫が多い年は豊作である」、「雪虫が多く舞う年は降雪が多い」といった俗信も確認されているなど、アイヌ民族においても雪虫は冬の訪れを伝える使者であり、豊凶や積雪の多さを教えてくれる存在だったようです。
地域における雪虫の違い
北海道において、“雪虫”の呼称が記されたもっとも古い文献は、1848(嘉永元)年に淡斎如水(たんさいじょすい)が著した『松前方言考』といわれています。その一節がこちらです。
「ゆきむし 雪の初て降らんとする頃、又春に至りて雪の消へんとする頃には、蜉蝣(カゲロウ)の如き虫むれて飛ぶことなり。又樵夫(しょうふ)などものは山中にて雪中に虫を見ることあるとぞ。此を雪虫と云ふ」
※一部ふりがなを追加しています
池田さんは、「雪が初めて降ろうとする頃にカゲロウのように群れて飛ぶ」を、トドノネオオワタムシなどの北海道でおなじみの雪虫のことだと推測。そのあとの「春の雪解けに群れて飛ぶ」と「山中の雪中に見られる」は、何を指しているのかを調べました。
すると、新潟県の積雪地帯では、昔から雪解け頃に発生するカワゲラやユスリカ、トビムシなどを「雪虫」と呼び、この虫の出現によって農作業の準備を進める合図などとされていることが判明。また、アイヌの人々の間でもトビムシのことを「ウバシ・ニンカップ(雪を減らすもの)」と呼んでいたとされているそう。そして、東北地方には、春先に飛ぶ黒い虫を「雪虫」と呼ぶ地域がありました。
この調査から、小さな虫の呼び方一つとっても、昔の人の季節に対する敏感さ、地域や民族による考え方の多様性を感じ取ることができたそうです。
雪虫の生態や、地域によっては春の訪れを知らせる虫であることが分かりました。北海道では「雪の妖精」「初雪の使者」などともいわれていますが、ときとして大量発生し、人々の生活に影響を与えることもあります。一方で、雪虫は熱に弱く、人間の体温でも弱ってしまうそうなので、迷惑はお互いさまといったところでしょうか。
雪虫が出ると、2週間後くらいには初雪が降るそうです。雪虫を見かけたら本格的な冬支度を開始してください。
【監修・取材協力】北海道博物館 池田貴夫さん
【画像】池田貴夫さん、写遊 / PIXTA(ピクスタ)
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