ヒグマと共生し「質の高い利用と保全」で知床の未来を紡ぐ

北海道Likersの連載『情熱の仕事人』では、北海道のさまざまな分野の“仕事人”を取り上げ、その取り組みや志、熱い想いを紹介しています。

今回は、世界自然遺産・知床を舞台に活動する『公益財団法人 知床財団』の金川晃大さんにお話を伺いました。『知床財団』は「ヒグマを排除せず、地域が許容できる状態を維持する」という理念のもと、野生動物の保護管理と観光地としての利用という難しいバランスに向き合っています。最前線で“人の管理”や“安全DX”の導入に取り組む金川さんに、知床の未来にかける情熱を語っていただきました。

画像:公益財団法人 知床財団

金川晃大(かながわ・てるひろ)。北海道池田町出身。公益財団法人知床財団で野生動物対策業務に従事。
知床のヒグマ対策の最前線で活動している。現場対策の安全管理・人材育成を担当。

世界遺産の最前線。「人の管理」に向き合う難しさと葛藤

世界遺産という特殊な環境で、ヒグマだけでなく観光客を含めた“人の管理”に向き合うことの難しさや、現場での矜持をお聞かせください。

画像:公益財団法人 知床財団

知床にとってヒグマは生態系の頂点に君臨する象徴であり、地域の宝としてリスペクトする考え方が根底にあります。しかし、全国各地や世界中から訪れる観光客に、ヒグマ遭遇時の対応やルールを的確に伝えることは非常に難しく、長年葛藤を抱えています。過去には、国立公園のワイズユースと野生動物とのトラブル低減を目的に、強力なアクセス制限を設けたこともありますが、観光客への負担や、地域の観光業や経済への影響懸念、事業予算の兼ね合いなどもあり、制度設計は一筋縄ではいきません。

ヒグマの命を守るためにあえて“追い払う”といった厳しい対応には、現場ならではの葛藤があるかと思います。

そうですね。人間側に出てこないよう“忌避学習”を促すハードな追い払いや、危険な個体の捕獲も行っています。本来あるべき姿ではないという苦しい思いもありますが、観光地として観光客の安全確保と人命保護を優先しなければならない現実があります。

画像:公益財団法人 知床財団

自然保護のために立ち入りを完全に規制して、見せない手法が一番簡単かもしれません。しかし、それでは知床の価値は伝わりません。私たちは、利用を通じて実際に自然に触れ、ヒグマの存在の大きさや自然の尊さを体験してもらうことで、保全への理解を深めてもらうことを大切にしています。

命を守るための「安全DX」。導入の背景と期待される効果

ココヘリ』との協業など“安全DX”の導入に至った最大の決め手や背景は何だったのでしょうか。

一番のきっかけは、2022年の観光船事故です。事故の教訓から、DXツールを使って連絡や情報伝達をスピードアップし、より安全に観光を楽しめる体制づくりが始まりました。

さらに、昨年発生した登山道でのヒグマによる人身事故を受け、登山者の安全対策も強化しています。自然の核心地に入る以上、事故のリスクをゼロにすることはできませんが、事前に登山のルールや注意事項などを発信し、クマ撃退スプレーなどの装備を推奨したり、万が一の際に円滑に救助を行えるツールを導入するなど、DXを通じた事故への備えを積極的に進めています。

知床の自然を「知り・守り・伝える」ための支援と関わり方

読者が知床の自然を守るために、遠方からでも関われることはありますか。

公益財団法人として安定した財源確保は常に課題ですが、近年は社会の意識が大きく変わってきたと感じます。“ただ手つかずの自然を守る”のではなく、利用を通じた保全活動の意義が世間に受け入れられ始め、寄付やサポーターとしてご支援してくださる方が増えました。そういった社会からのご支援は、私たちの活動の大きな後押しとなっています。

100年後の知床へ。「質の高い保全」と「質の高い利用」

100年後に知床の風景を残していくために、北海道を愛する読者へメッセージをお願いします。

次世代を担う若い人たちには、現状の課題をしっかり理解した上で、“質の高い保全”と“質の高い利用”をどのように実現できるかを考え、アクションに繋げてほしいと願っています。

画像:公益財団法人 知床財団

“質の高い利用”とは、ただ景色を眺めたり散策するだけでなく、知床がなぜ世界に認められているのかを深く理解する体験のことです。例えば、ガイドツアーを利用して学びを深めたり、相応のリスクのある場所ではレクチャーの受講や安全装具の着用を義務化して安全を確保することで、厳しい環境の中でもリスクを抑えながら知床の自然本来の魅力や価値を肌で体験できる。それこそが、質の高い利用を得るための重要な仕組みだと考えています。

最後に、あなたの「北海道Like」を教えてください

最後に、金川さんの個人的な“北海道の好きなところ(北海道Like)”を教えてください。

私は十勝出身で、道東の手付かずの自然や農業の営みなど、すべてが“ライク”です。

私自身、趣味として狩猟をやっており、山に入って鹿を撃ち、子どもに「お父さんが獲ってきたんだよ」と食べさせる“食育”を行っています。このように自然と人間社会の繋がりを至近距離で体験できるのは、北海道ならではの素晴らしさですね。

また、スコットランドへの留学をはじめ、カナダでの国立公園の視察やニュージーランドでの国際学会への参加など、海外に足を運ぶ機会も多いのですが、外の世界を知るたびに「やっぱり北海道の自然や食は世界に引けを取らない」と価値を再発見しています。

北海道Likers編集部のひとこと

『知床財団』の金川さんとのお話を通じて、手つかずの自然を“ただ隔離して見せない”のではなく、“利用を通じて保全への理解につなげる”という難しいバランスに挑む現場の情熱に強く心を打たれました。

特に“質の高い利用”という言葉には、私たち自身が、自然とどう向き合うべきかを考えさせられます。次に知床を訪れる際は、表面的な景色を楽しむだけでなく、イベントやスタディーツアーなどを通じてその背景にある価値を深く学んでみたいと思いました。

取材・文/北海道Likers 取材協力/公益財団法人 知床財団