宇宙を使って牛を育てる!? 北海道で夢を現実に【宇宙カンファレンス@NoMaps】
焼肉やステーキ、ハンバーグなどいろいろな場面で親しまれる牛肉。日本で食べられている牛肉の約60%が輸入品です。自国にお金が還元されず、人口減少による耕作放棄地も増加……。そんな課題にあふれた日本の農業を宇宙の力で解決する『宇宙牛プロジェクト』が立ち上がりました。
2023年9月13日(水)、宇宙をテーマとしたトークイベント『北海道Likers presents 宇宙カンファレンス@NoMaps』が札幌で開催。
Session3では「宇宙牛プロジェクト!? 人工衛星利用のポテンシャルとスマート畜産への挑戦」と題して、宇宙技術を利用した牛の飼育により、自国生産牛を増やし、農業課題を解決するための熱いトークが行われました。その様子をお届けします!
Session3 登壇者
モデレーター:
稲川貴大氏。インターステラテクノロジズ株式会社代表取締役ゲスト:
遠藤嵩大氏。INCLUSIVE SPACE CONSULTING取締役
後藤貴文氏。北海道大学北方生物園フィールド科学センター教授
衛星データを利用し、実証実験を繰り返す2人
稲川氏:宇宙と牛。最初聞いたときは、私も「何のこっちゃ、宇宙と牛って遠いものだ」と思っていましたが、話を聞いてすっかり魅了されたうちの1人でもあります。きっとセッションが終わるころには、みなさんも宇宙牛ファンになっていると思います。
それでは遠藤さんから自己紹介をお願いします。
遠藤氏:INCLUSIVE SPACE CONSULTINGの遠藤と申します。宇宙にある人工衛星のデータ利用をする事業開発に取り組んでいます。生まれは福島で、大学は北海道大学のため、6年札幌に住んでおりました。その後、ITベンチャーに入社して、北海道で衛星データを使って事業開発をするというテーマで、事業開発の責任者をしています。
圃場DX*という取り組みをしております。現在自治体さんは、圃場にどんなものが植わっているか、実際に足を運んで見て、紙の台帳で管理することが多いです。それを、衛星を使って上から見て、台帳もデジタル化していくために、“圃場DX”というテーマを掲げて福島県の南相馬市で実証しています。また、後藤先生とも縁あって出会いまして、『宇宙牛プロジェクト』にも参加させていただくことになりました。
稲川氏:すでにデジタル化が進んでいるところでプロジェクトを進めようとしても、そこまで変化はないですが、1次産業はまだまだ余地があります。伸びしろの大きいところで、宇宙を使うことによって何段階も飛ばして一気にDX化を進めていくということですね。
遠藤氏:そうです。やっぱり人が行かなければいけない現地調査は数多く残っています。今年(2023年)の8月、福島県南相馬市で現在の現地確認業務を見学しましたが大変な業務でした。今後に向けて、衛星を活用して管理も含めてDX化していくことを構想しています。
稲川氏:1次産業は行政も含めた改革なので大きくなりそうですね。続いて後藤先生よろしくお願いいたします。
後藤氏:みなさんこんにちは。北海道大学の後藤です。宇宙牛というと「牛にマスクをつけて宇宙に連れていく」と思われるかもしれませんが、宇宙に到達すると無重力になり、筋力がなくなり、むしろ牛肉ができなくなります。“今地球でできる、宇宙と関わりのある育て方”を考えるのが、『宇宙牛プロジェクト』です。
*圃場・・・ほじょう。畑、田んぼのこと。
牛を草で太らせる!「宇宙牛プロジェクト」
後藤氏:私は最初、牛舎の中で輸入穀物を使って黒毛和牛(霜降り牛)の研究をしていました。その後、大学の牧場に転勤になり、牛を育て、お母さん牛が子どもを作り、子どもを育て、お肉にするということに20年間携わりました。これを繰り返すうちに、“牛は草食動物であること”を実感しました。
牛は水と生草で600kgの身体を維持しています。しかも生草の8割は水。ほとんど水しか飲んでいないんです。それなのにお母さん牛は山で草をむしゃむしゃ食べ、10か月したら30kgの子どもを連れて帰ります。
水しか飲んでいないのに30kgの子どもを産んでしまう。どういうことか分かりますか?
どういうことかというと、一緒に微生物を取り込んでいるんです。牛の中には200Lの微生物のタンク、胃があります。草を微生物が分解してくれることで、身体を維持しています。
牛は草で成長することができますが、成長を早めるために穀物をたくさん食べさせることが問題になっています。「穀物をやったほうが成長が早い、脂がつくから」という考え方です。日本は5t、アメリカは2t使用しています。ただ、現在穀物の価格が上がっており、農家さんの経営が厳しい状態です。
鶏も豚も、人間も、生きていくためには穀物が必要ですが、牛は草で飼えるんです。ただ、草で飼うとなかなか太らない。草で太らせるには5~8年かかります。一方で、ビジネスとしてお金を稼がないといけないので、ある程度太るスピードも必要。だからみんな草を使わないのが現状です。こうした背景などを踏まえて、「草でも太れるような体質を作ってあげよう」と思ったのが私の研究の始まりです。
乳児期や胎児期の栄養をコントロールしてあげると、大人になったら太りやすくなったり、筋肉質になったり、病気しにくくなったりします。赤ちゃんのころの栄養は体質にすごく影響するんです。これを牛に応用して、体質をチューニングしていきます。さまざまなチューニングを行ったところ、体質が変わり、成果が出てきています。
デジタル化や衛星画像により実現したい夢とは
後藤氏:広大な土地で牛を放牧すると、牛を探すのに時間がかかります。そこで、測位衛星を活用することで位置情報や行動データを取得することを試みています。
また、衛星画像を活用することで草がなくなるのを感知し、たくさん草のある牧草地に移すタイミングを決めることができます。
さらに、赤外線で画像を撮り体重を測る、自動給餌器を使って簡単に餌をあげる……。こういったことができれば、「今日はたくさん歩いているから追加で餌をあげよう」「食べ過ぎたから逆に餌を少なくしよう」といったように、コストパフォーマンスの良い管理が可能になるんです。
後藤氏:今はまだ夢ですが、衛星技術を活用した牧場を作りたいです。たとえば、大樹町にはロケットの打ち上げ施設がありますが、その周辺で牛を育て、衛星画像で牛を観察できるような構想を考えています。そして、夜は大樹町の宇宙技術を用いて生産されたお肉をいただいて泊まってもらう。そんなグリーンツーリズムができれば面白いですし、ロケットビジネスによって美味しい牛肉が食べられる。これを『宇宙牛プロジェクト』として作っていきたいと考えています。
稲川氏:ありがとうございます。宇宙という厚みのある技術を使うことで、より高度な自動化・DX化ができていくので、ものすごく面白いと思いました。
後藤氏:私はこのシステムを一番に、人が住んでいないような離島に持っていきたいと考えています。草が少し生えているような島で、人があまり行かなくてもいいようなかたちで食糧を生産し、webカメラをつけて衛星で牛たちを見ていく。日本の牛たちが国土を守ってくれるという意味で国家の安全保障にも繋がると考えています。
稲川氏:日本が経済活動をしているというだけで強い安全保障になるし、草しか生えていないところであれば、牛が大きな役割を果たすと思います。実証できればいいですね。
後藤氏:個別で研究は進めています。しかしパッケージング化したときに上手くいくかはまだ分からないので、大樹町で実証してみたいです。放牧によってできた霜降り肉を食べたとき、初めて「これが“宇宙牛”だ」と実感することができると思います。
「夢の牧場」実現のために…
稲川氏:ここで会場からの質問を受けたいと思います。
来場者①:牛の体内に200Lの微生物ができるのは健全な土と健全な草があるからだと思うので、土地も含めて健全にしていくことが僕らの健康にも繋がる点がポイントだと思います。もし放牧だけで終わらせてしまったらもったいないという問題意識を持ちましたが、どのようにお考えですか。
後藤氏:おっしゃる通りです。土壌も過放牧になると地下水が汚染される現象が起きます。僕もチェックをしながらいい土を作っていきたいと思います。
実は、放牧牛が一番メタンを出すといわれています。穀物に頼れば太るのが早いので、ゲップを出す時間も少ないですが、放牧牛は太るのに時間がかかるので、メタンを出す量も多くなってしまうのです。しかしこれは、1頭の牛だけを見たときの話です。
牛を養うためにはとても広い面積の草原を維持することが必要で、土壌環境や、植物、虫、鳥などすべてが関係します。
一方で、穀物を食べさせるとなると、海外から穀物を輸入するときなどに温室効果ガスが出ます。
放牧するか、それとも穀物を食べさせた方がいいのか、みなさんにも考えてみていただきたいです。私も全体を見ながら、考えたいと思っています。
来場者②:離島や大樹町で無人の牧場を作る夢の実現は、何年後くらいを目標に目指していますか?
後藤氏:もし離島にこのシステムを持っていく場合は、かなり自動化に気を遣って、そのシステムを強固にしないといけないと思います。口では簡単に言えますが、無人のところに導入するにはまだまだ課題があります。
しかし将来的には、適度に牛を直接世話しながら、経過は携帯のデータを中心に観察する、そして家族旅行にも行けるような未来を考えています。離島で完全自動化するパターンと農業としての商品になるパターンとで違えど、やっていきたいです。もしかしたらいずれは海外で放牧して日本で管理することもできるかもしれません。
来場者③:宇宙からのデータで牛を管理するためには、現在の宇宙からのデータを活用すれば問題がないのか、それとも新たな衛星を打ち上げる必要があるのかをお伺いしたいです。
後藤氏:いい質問ですね(笑) 衛星画像は1枚何十万円もします。全く今の農家さんには使ってもらえません。
ただ、これからは数十分おきにほぼリアルタイムで画像が見られるような時代になっていくと言われていますし、基地局がなくても衛星でネットがつながるような時代になってくると思います。そのときのために準備中です。
稲川氏:いずれは金額も100分の1ぐらいになっていくのではないでしょうか。そうしてビジネスとして確立されると思います。
多岐にわたる社会課題を解決していく「宇宙牛」
稲川氏:まとめに入っていきたいと思うのですが、遠藤さん、圃場DXのお話をされたと思いますが、今後の野望を教えてください。
遠藤氏:みなさん、聞いてみて面白くないですか? 『宇宙牛』と聞いて奇抜な言葉だと感じた方もいたと思いますが、芯の技術がしっかりしていて、世の中の課題を捉えている研究です。シンプルに面白いので、この研究について考えてみたいなというのが一番強い気持ちです。
これから我々がやってみたいことは2つあります。1つ目は、“大樹町でのモデル牧場”です。衛星データを使った実証実験をもっとやっていきたいと思っているので、我々が地べたを駆けずり回って、適切な土地を探して、後藤先生と挑戦していきたいと思っています。
2つ目は、“環境再生型農業”という土壌を本来の力に戻していく農業です。化学肥料を使うと微生物が役割を失ってしまい、地力が下がってしまう。そのため次々と肥料を入れないと作物が育たない土壌になってしまっている。それを、もともとある生態系の力、つまり微生物、植物、それを食べて排泄をする牛の力を使って再生していこうということです。
まさに、この流れも“宇宙”なんです。秩序立った仕組み・循環の中で栄養が回っていて、我々にとって大事なタンパク質が作られている。牛の体内も微生物を中心とした“宇宙”になっていますし、そこから出てくる排泄物に始まる掃除の流れも、土壌の生物を中心とした“宇宙”になっています。そして牛を、宇宙を使って放牧していくわけです。これは仕組みとしてとても面白いと思います。
人口減少社会で、我々の手の届かない耕作放棄地も増えていきます。そんな土地には太陽が当たり、草が生えてきます。そういった資源を使って牛を育てて、国防しつつ、食糧生産を自国のエネルギーでしていく。これは面白いし、すごく意義あるプロジェクトだと思います。
社会実装に向けてやれることをすべてしていきますので、最初の肉ができたときはぜひ食べさせてください!(笑)
後藤氏:私は九州で研究していたこともあるので九州も知っていますし、北海道も分かります。有名な『松阪牛』や『但馬牛』といったところは、文化として守っていく必要があると思います。
一方で、みなさんが普通に食べているコンビニエンスストアやファミリーレストラン、客単価の高いレストランですら輸入肉を使っています。つまり、海外の農家さんにお金が行ってしまっているということです。これを、離島や耕作放棄地で牛に頑張ってもらうことで、作られたお金は自国の農家さんに戻していく。日本全国の人が注目するようなことを北海道でやっていきたいです。
稲川氏:後藤先生の話は課題がクリアで、かつ多くの大きな課題が解決されるかもしれないということが本当に面白いです!
「宇宙牛ファンになった方?」という稲川さんからの最後の問いかけには、来場者の手がドッと挙がり、会場の熱が冷めやらないうちにSession3の幕が閉じました。
連載「HOKKAIDO 2040」では、“2040年の世界に開かれた北海道(HOKKAIDO)”をテーマとして、大樹町を中心に盛り上がりを見せている宇宙産業関係者へインタビュー。宇宙利用によって変わる北海道の未来を広く発信します。連載記事一覧はこちらから。