先端ARテクノロジーで医療現場に「ぬくもりのある体験」を届ける

北海道Likersの連載『情熱の仕事人』では、北海道のさまざまな分野の“仕事人”を取り上げ、その取り組みや志、熱い想いを紹介しています。

今回は、旭山動物園の監修と先端テクノロジーが出会った新感覚の『ARどうぶつえん』を展開する、『株式会社STARIUM』代表の今井清臣さんにお話を伺いました。“すべての入院中の子どもたちが、動物と出会える日本をつくる”というビジョンを掲げ、小児医療の現場に革新をもたらす今井さんに、現場での泥臭い努力や北海道への想いを語っていただきました。

プロフィール

株式会社STARIUM 代表取締役・今井清臣(いまい・きよとみ)。 
アディダスジャパンにおいてReebokブランドのマーケティング責任者として大規模ブランド戦略を統括。その後、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント ジャパンにてマーケティング本部長、新領域事業開発室長を歴任し、、XR・VR・Web3.0などの最先端テクノロジーをエンターテインメント産業に実装する新規事業を多数創出した後、株式会社STARIUMを創業。

子どもたちの手紙が背中を押した。「ARどうぶつえん」立ち上げのルーツ

「すべての入院中の子どもたちが、動物と出会える日本をつくる」というビジョンを掲げられていますが、小児医療の現場に『ARどうぶつえん』を届けようと思われたきっかけや、情熱の根源をお聞かせください。

私は、前職にてテクノロジーをエンタメ分野に導入する部門の責任者を務めており、その際に旭山動物園さんの行動展示をAR(拡張現実)の技術で忠実に再現したいと熱望して、何度も交渉を重ねてようやく協力体制を築き上げました。しかし、その後の事業売却によってプロジェクト自体が宙に浮いてしまい、継続が困難な状況に陥ってしまったのです。

そんな時、医大祭のイベントでARを体験した子どもたちから届いたたくさんのお手紙が私の背中を強く押し、「これまで作り上げてきたこの素晴らしい体験をここでなくしてしまっていいのだろうか」と自問自答を繰り返した結果、自ら会社を辞めてゼロから起業するという大きな決断に至りました。

画像:株式会社STARIUM

私がこの事業を通じて目指しているのは、無機質なゲームのようなデジタルデータを提供するのではなく、病院の中で一日中過ごさざるを得ない子どもたちに向けて、“ぬくもりのある体験”を届けることです。私たちが作っているのはデジタルのARコンテンツですが、本物の動物のようなリアルな動きや質感を通じて命の大切さを感じてもらえるような、血の通った体験を作り出していきたいと強く願っています。

妥協なきリアリティ。旭山動物園の監修と泥臭い努力

旭山動物園の監修による“生き生きと動く動物たちの姿の美しさや尊さ”を表現するために、どのような苦労やこだわりがありましたか。

圧倒的なリアリティを追求するために、旭山動物園さんからさまざまなアドバイスをいただいて修正を繰り返すという、まさに試行錯誤の連続の日常を送っています。

旭山動物園さんの監修は私たちが想像する以上に非常に細やかで、「ペンギンの歩き方に重力を感じない」という感覚的なアドバイスから、「骨格的に動きが違う」といった専門的なアドバイスに至るまで、徹底的なリアリティの追求が求められます。キリンの足の運び方が違うとアドバイスをいただいた際には、正しい動きを理解するために平日の昼間にキリンの前で1時間以上観察し続けるといった作業もいとわずに重ねてきました。

画像:株式会社STARIUM

さらに、私たちのプロダクトは360度どの角度からも見られるように設計されており、子どもたちは大人が想像もつかないような動きで楽しんでくださいます。例えば、実寸大のキリンの足元に潜り込んでお腹を見上げたりするため、普段は見えない隠れた部分まで細部にわたって忠実に作り込む必要がありました。最先端テクノロジーを駆使しながらも、現場での地道な観察や飼育員さんへのヒアリングなど、現場で見たままの事実をデジタルデータに落とし込むための非常に泥臭いプロセスを経て『ARどうぶつえん』は生み出されています。

先端テクノロジーで“体験格差”を解消し、前向きな気持ちを生み出す

医療現場にAR技術を導入するという画期的なアプローチですが、実際に体験した子どもたちや現場からはどのような反響がありましたか。

当社の『ARどうぶつえん』は、ソニーグループのSoVeC株式会社が運用するVPS(Visual Positioning System)という、高精度な位置特定技術を活用することで、実寸大の動物を空間内に正確に出現させることを可能にしています。

そのため、本物のような圧倒的なリアルさゆえに最初は“怖い”と感じてしまう子どもも多いのですが、時間の経過とともに自ら少しずつ近づこうとするなど、子どもたちの心の中に前向きな変化が生まれているのを実感しています。

画像:株式会社STARIUM

実際に横須賀市立総合医療センターさんの事例では、処置室に行きたがらず泣いてしまう子どもが、長い廊下を歩く実寸大のペンギンを追いかけていくうちに、自然と処置室へと入っていくという、医療現場の課題をテクノロジーで補完するような素晴らしい効果も生まれています。

画像:株式会社STARIUM

長期入院によって、“動物園に行く”という夢が簡単に叶わない子どもたちに対し、いつもの病棟の廊下やプレイルームといった日常空間に本物と同じサイズの動物が現れるという非日常体験を届けることは、子どもたちの心理的負担を軽減し、前向きに治療に向き合うための大切な使命だと感じています。

地域全体で子どもたちを支える、持続可能な医療支援の仕組み

地域の企業や団体がスポンサーとなることで、病院側の費用負担ゼロでの導入を実現されています。この仕組みと、今後の展望について教えてください。

現在の日本における公的医療機関の多くが赤字運営を強いられているという厳しい現状を鑑みると、病院の限られた運営予算は、子どもたちの治療や新しい医療設備、あるいは医療従事者への待遇改善などに優先的に充てられるべきだと私は考えています。

そのため、病院側からはエンターテイメントの導入費用を一切いただかず、代わりに地域の企業や団体様がスポンサーとなって運営費を負担していただく『ARどうぶつえん こどもサポート』という仕組みを展開しています。地域社会の未来を根底から支えていくのは、他でもないその地域で生まれ育った子どもたちであり、彼らの健やかな成長や体験を地域の企業が責任を持ってサポートし育てていく構造こそが、本来あるべき持続可能な社会の姿だと思っています。

この仕組みは、私たちが手を離しても地域内の医療機関と企業の連携によって自走していくモデルを想定しており、ゆくゆくは日本全国のどこにいても入院中の子どもたちが動物との非日常体験を享受できるよう、この持続可能な医療支援の仕組みを全国へと展開していきたいです。

あなたの「北海道Like」(=北海道の好きなところ)を教えてください

私がまだ新卒のサラリーマンだった頃、初めての出張で新千歳空港に降り立つ際に飛行機の中から北海道の雄大な景色を見下ろした時、「きっとこの土地には神様がいるんだろうな」と心動かされたことを今でも鮮明に覚えています。特定の何かを信じているわけではないのですが、何か目に見えない大きな力が宿っていると感じさせる“土地や自然の力”が北海道にはあり、今でも飛行機が着陸する際には絶対に寝ないでその素晴らしい景色を目に焼き付けるようにしています。

また、食文化の面でも北海道は本当に魅力的で、特に旭川の日本酒である『男山』が大好きなので、北海道出張の夜はいつもへべれけになるまで楽しませていただいています。

北海道Likers編集部のひとこと

最先端のARテクノロジーの裏にある、動物の動きを何時間も観察するといった泥臭い努力や、子どもたちのために“ぬくもりのある体験”を届けようとする情熱に深く心を打たれました。

また、病院の負担をゼロにし、地域の企業が地域の子どもたちを支えるという持続可能なモデルは、医療や地域の課題解決に繋がる素晴らしい取り組みだと感じます。今後の全国への広がりに期待が高まります。

取材・文/北海道Likers 取材協力/株式会社STARIUM